昭和46年。塩竈市立第二小学校。二年二組。
二年生は一年生からの持越し。担任も級友も一緒です。
ですから、この男は、入学式でも一緒。
そして、二小の卒業アルバム(酔漢は卒業してはおりませんが)でも一緒。
4/6はこの男と一緒のクラスでした。
さて、その二年二組の教室。
今では、一番古い校舎となりましたが、当時は「新校舎」でした。
「酔漢!ちょっとや。こっちゃ来ねぇすか?」
昼休み、給食が終わったばかりの教室。
「『ただし』何っしゃ?」
「おめぇ、『チンパン探偵ムッシュバラバラ』って番組見た事あっか?」
「何っしゃ?」
「昨日の七時からやってたんだけんどや・・」
「七時では、昨日お父さんいたからっしゃ、NHKのニュースだったっちゃ」
「なんだや。おめぇも見てねぇのか」
「おもせぇのすか?」
「まんず、おもせぇ!こいずは、おもせぇど!」
「んでも・・・何だかわげのわがんねぇ名前だすぺ?そのぅ・・・『むっしゅぅ・・ばらバラ・・・』って・・」
「んだ!チンパンジーの名前だっちゃ」
「出て来るのが人間でなくてそのぅ・・・チンパンジーだっちゃ!」
「チンパンジー!すか?」
チンパンジーのテレビ。酔漢がふと思いましたのが、「バヤリースジュース」のCM。
チンパンジーがバヤリースジュースの瓶を片手に飲むというもの。
チンパンジーがどうして演技しているのか?
不思議な気持ちで見ていた記憶があるのでした。
(もちろん白黒の時代です)
さて、月曜7時半。(仙台での放映時間)。
親父殿が遅いというのでテレビ独占。(裏番組が「のらくろ」アニメバージョンでした。→♪あわてんぼうで淋しがり♪。)
(上記、記憶を紐解いて語っております。裏付けはしておりません。違っておりましたらご容赦下さい)
さて、そのオープニング曲。
その瞬間から大笑い!でした。
(お断りしておきます。これが現在放送禁止となっていることは重々承知の上で「くだまき」を語っております。この「くだまき」は当時の事を顧みることが主です。他他意は全くございません。末に再びお話しいたします)
声優陣が「鈴木やすし」「増山江威子」「コロムビア・トップ」「大泉晃」など。
豪華メンバー。
問題となりました主題歌を作詞致しました方は・・・・。
上記の歌詞(翻訳、和訳となってますが、これは日本語の歌詞と位置付けた方がよろしいかと思います)で有名な「島村葉二」氏によるもの。
「チンパン探偵」の歌詞(二番)「♪地獄の底まで 蹴っ飛ばせぇぇぇ♪」とのギャップがまた・・・・。です。
話しが飛んでしまっております。
この番組、アメリカでも「動物保護団体」からの、申し入れでもって打ち切りと相成ります。
日本でも例外ではございません。途中打ち切りとなってます。
現代の感覚では「これもどうであろうと」酔漢は納得いたしております。
酔漢が「チンパン探偵」を引き合いにだしましたのは、これを酔漢に紹介してくれた「さとうただし」君の事を今一度語りたいと考えたからです。
小学校時代、彼は、何故か、こうした情報が非常に早くて。「ゲバゲバ」(テレビ番組)であるとか。「トイレット博士」(ジャンプ連載 鳥居かずよし氏)「つる姫じゃぁ」(リボン連載 土田よしこ氏)等を僕らに紹介してくれておりました。
「おめぇ、こいづおもせぇど!」というのが彼の決まり文句。
もちろん「赤塚不二夫氏」「谷岡ヤスジ氏」などなど・・。
彼は小学校低学年からその「ギャグセンスに磨きをかけていた?」と思えるような発言、行動が見られました。
小学校六年時、授業中、教科書の隅に「長編パラパラ漫画」を必至で書いていて、先生に取り上げられた!と思いきや、先生(担任、故阿部悦次先生)が「おもせぇから、休み中だけにやれ」と認められた?事は、僕らの間での語り草となっております。
その彼が十数年の時を経て、プロの漫画家となります。
「ハイスクール奇面組」は「新沢基栄氏」の原作。彼は、そのアシスタントとして、その設定等行っておりました。
そして独立。
彼のギャグ漫画最たるものはこちらの作品。
週刊ジャンプに連載中。
彼の表現が大きな社会問題となります。
1990年、「燃えるお兄さん サイボーグ用務員さん」
これが人権擁護団体からの申し入れにより「週刊ジャンプ 110万部 回収」となります。
酔漢は、彼を擁護するつもりはありません。
これは事実。
「ギャグに傾倒するあまり、社会を認識する感覚が劣っていた」こう考えます。
ですから、当時の集英社の取った判断等は指示いたします。
また、申し入れをいたしました諸団体のご意見を拝聴するに尤もとも考えます。
木造校舎、ふきっさらしの校庭。ビニールシートのプール。全校児童数県下2位。
こうした小学校を支えてくれた、校務員「大友さん」
とてもたくましく、なんでもできる。時には、先生たちより頼りがいがある。
そうした、小学校の背景もこれはあったのかと、そういう思いが過ります。
「チンパン探偵ムッシュバラバラ」
この面白さも危うい面白さ。
チンパンジーを撮影に使い。主題歌は過激。
ですが、こうした背景を思い、また当時の文化の一旦であった。
こうした事は言えます。
ただ、当時の小学生としては、まだそこまで考えられる知識もないまま「笑い転げていた」。
ですから、少しばかり、懐かしさが込み上げてまいります。
雪が降り積もる冬。
外で遊ぶことが出来ない僕らにとって、漫画であるとかテレビ番組であるとかは貴重な娯楽の一旦でした。
藤倉にありました、彼の家にはマンガ本が山ほど。
彼の家が溜まり場になって、大笑いしていた小学生時代。
藤倉から小松崎へ上がる山道は、雪にまみれながらの帰宅。
ですが、寒さを微塵も感じませんでした。
鶴瓶の「家族で乾杯 塩竃編(震災前年分)」佐々木主浩さんとの塩竃探訪。
そこの冒頭。
「し・お・が・ま」の「が」は「ガロ」の「が」。と紹介されます。
「雑誌 ガロ初代編集長『長井勝一』氏」が同市のご出身だからということでの紹介。
ガロのコレクションは塩竈のギャラリーにございます。
「マッドハウス 『丸山正雄』」さんも塩竈出身。
塩竃が漫画、アニメの分野での大御所と縁がある街であることは、多くの市民が知るところではございません。
(長井氏は有名ではありますが・・)
回収事件の後。
「さとうただし」君が表に出る事はありません。が、酔漢は、酔漢が出会った天才達の中でも、彼の感覚は生きていて欲しい。
屈託のない彼の笑い顔を思い出しながら、こう思わらざるを得ません。
「ただしぃ、おめぇ何書いてんのや?」
「今か、『正義の味方P-マン』だっちゃ!」
「あたらしいマンガか?」
「正義の味方なんだけどや!頭の中身は種しかへえってねぐて、脳みそがねぇんだ!んだけど正義感だけは誰にもまげねぇ、間抜けなヒーローなんだっちゃ!」
彼の大学ノートを借りて拝読。
ベッドの中で笑い転げておりました。
最後に。
これらの作品が現在、公に放送出来ず、また、「ただし君」の作品が大きな問題を起こした事は酔漢も重々受け止めております。
ご意見を全て拝読、拝聴し、この「くだまき」を語りました。
再三再四、申し上げますが、僕らの小学校時代を振り返り、それを主としての「くだまき」でございます。
作品を擁護または彼を支持するものではございません。
御高覧頂きました皆様へは、そうした主旨であることを十分ご理解いただいて下されば、それが酔漢の本意でございます
二年生は一年生からの持越し。担任も級友も一緒です。
ですから、この男は、入学式でも一緒。
そして、二小の卒業アルバム(酔漢は卒業してはおりませんが)でも一緒。
4/6はこの男と一緒のクラスでした。
さて、その二年二組の教室。
今では、一番古い校舎となりましたが、当時は「新校舎」でした。
「酔漢!ちょっとや。こっちゃ来ねぇすか?」
昼休み、給食が終わったばかりの教室。
「『ただし』何っしゃ?」
「おめぇ、『チンパン探偵ムッシュバラバラ』って番組見た事あっか?」
「何っしゃ?」
「昨日の七時からやってたんだけんどや・・」
「七時では、昨日お父さんいたからっしゃ、NHKのニュースだったっちゃ」
「なんだや。おめぇも見てねぇのか」
「おもせぇのすか?」
「まんず、おもせぇ!こいずは、おもせぇど!」
「んでも・・・何だかわげのわがんねぇ名前だすぺ?そのぅ・・・『むっしゅぅ・・ばらバラ・・・』って・・」
「んだ!チンパンジーの名前だっちゃ」
「出て来るのが人間でなくてそのぅ・・・チンパンジーだっちゃ!」
「チンパンジー!すか?」
チンパンジーのテレビ。酔漢がふと思いましたのが、「バヤリースジュース」のCM。
チンパンジーがバヤリースジュースの瓶を片手に飲むというもの。
チンパンジーがどうして演技しているのか?
不思議な気持ちで見ていた記憶があるのでした。
(もちろん白黒の時代です)
さて、月曜7時半。(仙台での放映時間)。
親父殿が遅いというのでテレビ独占。(裏番組が「のらくろ」アニメバージョンでした。→♪あわてんぼうで淋しがり♪。)
(上記、記憶を紐解いて語っております。裏付けはしておりません。違っておりましたらご容赦下さい)
さて、そのオープニング曲。
その瞬間から大笑い!でした。
(お断りしておきます。これが現在放送禁止となっていることは重々承知の上で「くだまき」を語っております。この「くだまき」は当時の事を顧みることが主です。他他意は全くございません。末に再びお話しいたします)
声優陣が「鈴木やすし」「増山江威子」「コロムビア・トップ」「大泉晃」など。
豪華メンバー。
問題となりました主題歌を作詞致しました方は・・・・。
上記の歌詞(翻訳、和訳となってますが、これは日本語の歌詞と位置付けた方がよろしいかと思います)で有名な「島村葉二」氏によるもの。
「チンパン探偵」の歌詞(二番)「♪地獄の底まで 蹴っ飛ばせぇぇぇ♪」とのギャップがまた・・・・。です。
話しが飛んでしまっております。
この番組、アメリカでも「動物保護団体」からの、申し入れでもって打ち切りと相成ります。
日本でも例外ではございません。途中打ち切りとなってます。
現代の感覚では「これもどうであろうと」酔漢は納得いたしております。
酔漢が「チンパン探偵」を引き合いにだしましたのは、これを酔漢に紹介してくれた「さとうただし」君の事を今一度語りたいと考えたからです。
小学校時代、彼は、何故か、こうした情報が非常に早くて。「ゲバゲバ」(テレビ番組)であるとか。「トイレット博士」(ジャンプ連載 鳥居かずよし氏)「つる姫じゃぁ」(リボン連載 土田よしこ氏)等を僕らに紹介してくれておりました。
「おめぇ、こいづおもせぇど!」というのが彼の決まり文句。
もちろん「赤塚不二夫氏」「谷岡ヤスジ氏」などなど・・。
彼は小学校低学年からその「ギャグセンスに磨きをかけていた?」と思えるような発言、行動が見られました。
小学校六年時、授業中、教科書の隅に「長編パラパラ漫画」を必至で書いていて、先生に取り上げられた!と思いきや、先生(担任、故阿部悦次先生)が「おもせぇから、休み中だけにやれ」と認められた?事は、僕らの間での語り草となっております。
その彼が十数年の時を経て、プロの漫画家となります。
「ハイスクール奇面組」は「新沢基栄氏」の原作。彼は、そのアシスタントとして、その設定等行っておりました。
そして独立。
彼のギャグ漫画最たるものはこちらの作品。
週刊ジャンプに連載中。
彼の表現が大きな社会問題となります。
1990年、「燃えるお兄さん サイボーグ用務員さん」
これが人権擁護団体からの申し入れにより「週刊ジャンプ 110万部 回収」となります。
酔漢は、彼を擁護するつもりはありません。
これは事実。
「ギャグに傾倒するあまり、社会を認識する感覚が劣っていた」こう考えます。
ですから、当時の集英社の取った判断等は指示いたします。
また、申し入れをいたしました諸団体のご意見を拝聴するに尤もとも考えます。
木造校舎、ふきっさらしの校庭。ビニールシートのプール。全校児童数県下2位。
こうした小学校を支えてくれた、校務員「大友さん」
とてもたくましく、なんでもできる。時には、先生たちより頼りがいがある。
そうした、小学校の背景もこれはあったのかと、そういう思いが過ります。
「チンパン探偵ムッシュバラバラ」
この面白さも危うい面白さ。
チンパンジーを撮影に使い。主題歌は過激。
ですが、こうした背景を思い、また当時の文化の一旦であった。
こうした事は言えます。
ただ、当時の小学生としては、まだそこまで考えられる知識もないまま「笑い転げていた」。
ですから、少しばかり、懐かしさが込み上げてまいります。
雪が降り積もる冬。
外で遊ぶことが出来ない僕らにとって、漫画であるとかテレビ番組であるとかは貴重な娯楽の一旦でした。
藤倉にありました、彼の家にはマンガ本が山ほど。
彼の家が溜まり場になって、大笑いしていた小学生時代。
藤倉から小松崎へ上がる山道は、雪にまみれながらの帰宅。
ですが、寒さを微塵も感じませんでした。
鶴瓶の「家族で乾杯 塩竃編(震災前年分)」佐々木主浩さんとの塩竃探訪。
そこの冒頭。
「し・お・が・ま」の「が」は「ガロ」の「が」。と紹介されます。
「雑誌 ガロ初代編集長『長井勝一』氏」が同市のご出身だからということでの紹介。
ガロのコレクションは塩竈のギャラリーにございます。
「マッドハウス 『丸山正雄』」さんも塩竈出身。
塩竃が漫画、アニメの分野での大御所と縁がある街であることは、多くの市民が知るところではございません。
(長井氏は有名ではありますが・・)
回収事件の後。
「さとうただし」君が表に出る事はありません。が、酔漢は、酔漢が出会った天才達の中でも、彼の感覚は生きていて欲しい。
屈託のない彼の笑い顔を思い出しながら、こう思わらざるを得ません。
「ただしぃ、おめぇ何書いてんのや?」
「今か、『正義の味方P-マン』だっちゃ!」
「あたらしいマンガか?」
「正義の味方なんだけどや!頭の中身は種しかへえってねぐて、脳みそがねぇんだ!んだけど正義感だけは誰にもまげねぇ、間抜けなヒーローなんだっちゃ!」
彼の大学ノートを借りて拝読。
ベッドの中で笑い転げておりました。
最後に。
これらの作品が現在、公に放送出来ず、また、「ただし君」の作品が大きな問題を起こした事は酔漢も重々受け止めております。
ご意見を全て拝読、拝聴し、この「くだまき」を語りました。
再三再四、申し上げますが、僕らの小学校時代を振り返り、それを主としての「くだまき」でございます。
作品を擁護または彼を支持するものではございません。
御高覧頂きました皆様へは、そうした主旨であることを十分ご理解いただいて下されば、それが酔漢の本意でございます
『チンパン探偵』は私も見た記憶があります。あの頃こうした動物を使ってのコメデイーがもう一つくらいあったような記憶もありますが不鮮明です。でも面白くって笑っていました。そしてこういう番組は子供たちの大人気でした。
漫画もしかりです。
今の世なら『ひえーー!危なすぎる』というようなギャグも確かに存在していました。
それが誰かを傷つけるか否かは別としても、それで笑っていた部分もありました。
ここ20年ほどでずいぶん表現に関して『うるさく』なりました。それがいいとも悪いとも私には言えませんが、一つ言うとしたら、最近の人はあまりにも傷つくことを恐れるあまり別な部分で傷つけているというようなことがないかしらと思いますが・・・
「ただしくん』今どうしてらっしゃるのでしょうか?
麻雀月刊誌、とかそういうたぐいのマンガを書いてます。
「奴はまだマンガ書いてる」
これが、案外自分のガッツになってたりします。
学年でも背の高かった彼。教室では常に後ろの席だったのでした。