愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

世間虚仮

2009年04月25日 | 信仰・宗教
私が大学時代に好きだった『万葉集』。特に大伴旅人の歌「世の中はむなしきものと知る時しいよよますます悲しかりけり」(巻五、七九三)。これは神亀5(728)年に亡くなった妻の弔問で返礼に際して詠んだもの。

「むなしき」を知ることは「空」の思想が日本に定着したことを物語る。仏教思想が和歌に組み込まれた事例として面白いと思っていた。後の時代の「無常」観につながる歌としても、貴重である。

ところで、最近、民俗学関連の自分の文章で「世間」という言葉を使うことが多くなった。「世間」とは何ぞやと問い続けているのだが、それは今日はさておき、「空」・「無常」とくれば、聖徳太子の「世間虚仮(せけんこけ)」を思い出す。

「世間虚仮、唯仏是真」という太子の言葉。出典は『上宮聖徳法王帝説』や『聖徳太子伝暦』といった平安時代成立の史料に記載されている言葉なので、もしかすると大伴旅人以後に創作・仮託されたのかもしれないが、「世間」の概念と「虚仮」の概念を古代日本人が真剣に考えたことは事実である。

「空」と「虚」という「むなしさ」の思想の定着、そして「世間」。この「世間」とは自己と社会との関係・間柄といえばよいのだろうか。仏典で「世間」をよく調べておく必要があるが、自分の存在を社会との関わりの中でどう位置づけても、それは結局のところ「虚」であり「仮」である。そのように私は考える。そこに「真」はない。

少し大雑把な解釈だが、「世間虚仮」。いい言葉だと思う。



筍三昧

2009年04月25日 | 日々雑記
最近、実家に行っても、知人に出会っても、会合に出ても「筍(タケノコ)いらんか~」と言われる。妻にも知人から同様のメールが入っている。旬である。とはいっても、もらいすぎて、最近、料理は筍三昧。主食と化している。よって「すみません。今、家にたくさんあるんで・・・」とお断りしている。まるで、冬の愛媛の温州みかん状態。冬の「みかん」と今の時期の「筍」。この贈与と交換行為。分析するだけで、人間関係、社会関係が顕になる。みかん農家ではない自分。山に筍を取りに行かない自分。それでも地元に住んでいるがために「みかん」と「筍」を頂戴できる。ありがたいことです。

ちなみに、筍は、夏の季語。もう春から少しずつ夏に移行している。

なお、今の生活は「筍三昧」だが、決して「筍生活」ではない。ようやく食いつないでいる生活。筍の皮を一枚一枚剥いでいくような厳しい生活。それが「筍生活」の意味。何かの本に載っていたが、それが何だったかは忘れてしまった。今、我が家はおかげさまで筍があふれんばかりの豊かな食生活です。

ぐうのねもでない

2009年04月25日 | 口頭伝承
今日、ある出来事で、つい「ぐうのねもでない」と口ずさんだ瞬間、それをどう表記するのか、わからなくて困惑。愛読書『日本国語大辞典』を手にした。

「ぐう」とは「呼吸がつまったり、物がのどにつかえたりして苦しい時に発する声や、苦しい状況に追い込まれて発する声を表す語」。これが「ぐう」の意であり、「寓」でも「偶」でも「宮」でもないのだ。単に音を表す語で、漢字で表記するわけではない。

というわけで「ぐうのね」の「ね」は「音(ね)」。決して「根」でも「値」でもない。

面白いのが、この「ぐう」という音を、夏目漱石が頻繁に使っている事実。
『三四郎』でも「三四郎はぐうの音も出なかった」とあるし、『坊ちゃん』でも「勘太郎は四つ目垣を半分崩して、自分の領分へ真逆様に落ちて、ぐうと云った」とある。

水を一気に飲む音も漱石は「ぐう」と表現している。『吾輩は猫である』には「硝子鉢を口へあて中の水をぐうと飲んでしまった」とある。

漱石は「ぐう」が好きだった?いや、いつも人生「ぐうの音も出ない」と悩みながら過ごしていたから頻繁に使ったのだろうか。

いずれにしても「ぐうのね」の「ぐう」は、去年の流行語、エドはるみの「グ~」ではないことは明確になった。少しスッキリ。

縄文時代・弥生時代・古墳時代・・・

2009年04月25日 | 日々雑記
今、教科書で歴史を習っている小学生のみんな(特に小学6年生)へ。
本物の土器や石器を見てみませんか?

『えひめ発掘物語Ⅱ&絵で見る考古学~早川和子原画展~』のお知らせです。
4月25日(土)から6月14日(日)まで。
場所は、愛媛県歴史文化博物館(西予市宇和町) ここ数年の愛媛県内での発掘調査成果を、縄文時代から時代ごとにわかりやすく展示。

おもな展示遺跡は、次のとおり。
縄文時代・・・松山市猿川西ノ森遺跡
弥生時代・・・西条市大久保遺跡
古墳時代・・・今治市高橋仏師1号墳 などなど。

愛媛最古級の縄文土器、「銅剣や埴輪(はにわ)、建物の絵が刻まれた土器など、興味ぶかい考古資料があります。

また、埴輪の立体パズルもあって、楽しみながら学ぶこともできます。

早川和子さんの原画展では、日本各地の遺跡を人々のくらしとともに生き生きと描く考古復元イラスト約70点を展示。
遺物だけではなく、イラストをまじえた考古学の展示。ちょうど小学6年生は縄文時代弥生時代古墳時代を学習する時期。この展示を見れば、歴史のイメージがふくらむことでしょう。

社会の授業で縄文時代や弥生時代、古墳時代に興味をもった子どもたち!ぜひ、愛媛県歴史文化博物館でこの展示を見てね。