ごすいでん その3
九百九十九人の后達は、自分たちの計略が成功し、大王が内裏にお戻りになられたので、やっと溜飲を下げ、九百九十九人の后達が集まって喜び合っておりますと、またまた蓮華夫人がしゃしゃり出て、
「まだ終わったわけではありません。王子が誕生して、悪の験(しるし)が無ければ、ごすいでんが第一の后になってしまうことには変わりはありません。大王様が、ごすいでんを去られている間に、兵を使ってごすいでんを山中に連れ去り、殺さなくては安心できませんぞ。」
この恐ろしい企てに、異を唱える后も無く、そうだそうだと、密かに兵を集めると、蓮華夫人は、
「いかに、なんじら、ごすいでんの孕ませたるは悪王子であるので、ごすいでん諸共に殺してしまえという宣旨が下った。これより、稚児山の麓、鬼畜の谷、虎の岩屋に、ごすいでんを連れ行き、大王様から給わった、この剣で、殺害せよ。」
と、盗み出してきた秘蔵の御剣(ぎょけん)を手渡しました。驚いた兵達でしたが、宣旨とあれば、どうしようもなく、急ぎごすいでんに向いました。
さて、ごすいでんでは、大王が去った後、またあのような鬼神がやって来たらかなわないと、上下三万人という召使い達も、我先にと逃げ去ったので、今では、野干が住み着くような有様となってしまします。一人取り残されたごすいでんは
「これは、なんという有様、こんな広い御殿に、我を一人捨て置くとは、局もない。」と涙ながらに、肌の守りの観世音を取り出すと、
「我が身のことはともかくも、胎内にある王子の誕生、行く末を守ってください。」と深く祈っておりました。
かかるところに、兵達は、ごすいでんに乱れ入り、
「ごすいでん、悪王子孕みし故、成敗せよとの綸言なり、急ぎお出ましなされい。」
と、声高らかに呼ばわりました。ごすいでんはこれを聞いて、
「なんと情けない、わらわを成敗とは、情けない大王様。」
と、その落胆の程は、例えるものもありません。
「心無き武士(もののふ)も、ものの哀れを知りなさい。しかし、おまえ達を恨んでも仕方ない、恨んでも飽き足らないのは大王の心。今朝、東雲(しののめ)のしとねで、又の逢瀬を誓ったのに、偽りの約束になりました。因果の巡る小車の、先の世の報いと思えば、恨むべきことでもない。現在の果は、過去の因、また、未来も又同じ事。」
と、白装束に改めると、真紅の袴を着けられて、しずしずと一間を出られました。御年十九才、辺りも輝くばかりの美しさです。
密かに連れ出されたごすいでんは、兵士達によって、稚児山の麓、鬼畜谷の虎の岩屋まで連れて来られました。昨日までの栄華を思うと、そのいたわしくも美しい姿は、涙無しに語ることはできません。
つづく