中将姫⑥終
宝亀六年四月十三日(775年)のことでした。善尼比丘尼の法談があるということで、
近国の人々が、我も我もと当麻寺に集まって来ました。貴賤の群集夥しい中で、善尼比丘尼は、
「さあ、聴衆の皆様。私は、生年二十九歳。明日十四日には、大往生を遂げるのです。今宵、
ここに集まった皆々様は、ここで通夜をなされ、私の最期の説法を聞きなさい。
私は女ではありますが、どなたも、疑う事無く、ようく聞いて悟りなさい。忝くも、御釈
迦様の御本心は、この世界の一切の人々を、西方極楽浄土へと救うことなのです。阿弥陀如
来が、まだ法蔵比丘でいらっしゃった時にも、必ず安養世界へ救い取ろうと、固く誓約され
ました。このような有り難い二尊の御慈悲を知らないで、浮き世の栄華を望み、あちらこち
らと迷うことを、妄執と言うのです。また因果とも言い、そのまま、三途の大河に飲み込ま
れて、紅蓮地獄の氷に閉じ込められてしまうのです。そして、餓鬼、畜生、修羅、人天、天
道を流転して、ここで生まれ、あそこで死に、生々世々(しょうじょうぜぜ)のその間に、
浮かばれる事も無いのです。まったく浅ましいことではありませんか。
しかしながら、弥陀の本願の有り難さは、例え、そのような大罪人であっても、只、一心
不乱に、『南無阿弥陀仏、助け給え』と唱えれば、必ず弥陀は来迎なされて、極楽浄土の上
品上生にお導き下さるのです。何の疑いが有りましょうか。よくよく、ここを聞き分けて、
念仏を唱えなさい。」
と、声高らかに、御説法されるのでした。
その時のことです。継母の母は、二十丈(約60m)あまりの大蛇となって、中将姫の説
法を妨げてやろうと、現れたのでした。大蛇は、声荒らげて、
「やあ、中将姫、我を誰と思うか。恥ずかしながら、お前の継母であるぞ。浮き世で思い詰
めた怨念は、消えることは無いぞよ。」
と言うと、鱗を奮わせ、角を振り上げ、舌をべろべろと伸ばして、迫って来ます。まったく
恐ろしい有様です。中将姫は、
「なんと、浅ましいお姿でしょうか。その様なお心だからこそ、蛇道に落ちてしまうのです。
しかし、だからといって、あなたを無下にすることはありませんよ。幼くして母を失い、
あなたを、本当の母と思ってお慕い申し上げたのに、為さぬ仲と思いになって、私をお疎み
になられたことは、浅ましい限りです。これからは、その悪念を捨て去って、仏果を受け取
りなさい。」
と、御手を合わせて祈られるのでした。
「諸々の仏の中に、菩薩の御慈悲は、大乗のお慈悲。罪深き、女人悪人であろうとも、有情
無常の草木に至るまで、漏らさず救わんとの御誓願。私の継母もお救い下さい。」
そうして、中将姫は大蛇に向かい、
「さあ、母上。今より、悪心を振り捨てて、念仏を唱えなさい。そもそもこの名号には、
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