本庁舎地下三階の捜査車両駐車場から、
何台かの単車が次々に四方へと走り出ていく。
吉岡が乗っているバイクは、排気量1000cc、
スポーツタイプの国産車だ。
昼間の喧騒とは打って変わって、
真夜中の街は月の光の中で森閑としている。
桜田通りを下っていった吉岡は、そのまま都道412号線へと、
滑るようにバイクを走らせていった。
「ホシは被害者を助手席に乗せたまま、練馬ICに向かっている模様。
車種は98年型、シルバーのトヨタ・カムリ、ナンバーはー」
背広の内ポケットに入れた小型受令機が、
通信指令本部からキャッチした無線情報を、
耳に差し込んだイヤホンに伝えてくる。
吉岡は、その全ての情報を瞬時に頭に叩き込んだ。
右側のグリップをゆっくりと手前に引き、
バイクを徐々にハイスピードに乗せていく。
「いいか、ホシを都外に出すな。県警の奴らに印籠を渡すなよ。
練馬ICの手前でホシの車に回りこんで停めろ」
たて続けに、今度は捜査本部からの無線指令が、
イヤホンを通した耳に飛んでくる。
三宅坂JCTを中央道方面に進んで首都高4号線へと出、
更に14号線を抜けたあと、都道311号線を右折して環八通りへと、
吉岡は夜風を切るようにバイクを飛ばしていく。
昼間ほどではないが、深夜のこの道も交通量は多く、
特に県外ナンバーの大型トラックが幅を利かせながら走っている。
流れ走る多くの車両の中をバイクで走るのは難しい。
ただ闇雲にスピードを上げて走るだけなら誰にでも出来るが、
しかしそれは常に大きなミスとの背中合わせであり、
もしやすると他人をも巻き込む連鎖事故を起こしかねない。
事故は絶対に起こしてはいけないミスだ。
狂いのない冷静な判断力と、優れた運転技術、
この二つなくしてトカゲの役目は務まらない。
「ホシの車輌は笹目通りに入った。吉岡、お前が一番ホシに近い。
飛ばせ」
吉岡は腰に重心をかけ、バイクと自分の体を一体化させて左右に傾斜させながら、
慎重を期して縦列に走行しているトラックの間を、
フルスピードで縫うように走り抜けていく。
その走りは、夜道を駆っていく黒豹のように優雅であり、
そして野性的に美しかった。
「吉岡、ホシの野郎が進路を変えた。三軒寺の信号を下って
石神井池方面に向かっている。練馬IC付近の警ら車に気付いたんだ。
あんな所で張り込みやがって、所轄のアホったれがっ!」
「わかりました。そちら方面へ回り込みます」
吉岡は冷静に対応すると、同時に素早く辺りを見回し、
石神井池方面へと続く狭い住宅路へとバイクを滑り込むように入らせていく。
都内の主要な道という道は頭の中に記憶されている。
「ホシの車輌は石神井池駅を抜けて、更に南下中」
通信指令本部からの無線情報に、
吉岡は頭の中に描き出された地図を慎重に辿っていった。
ホシの車輌ナンバーは都外だ。
土地勘のない運転手が闇雲に住宅街の中で車を走らせるとしたら、
その選択道は限られているはずだ。
そんな状況の中、
犯人はどこへ向かう?
吉岡は、更に細い抜け道へとバイクを入り込ませ、
真っ直ぐにそのまま細道を北上していく。
車が一台通れるかどうかの道を抜けると、
比較的ゆったりとした街路へと出た。
前方に走行中の車のテイルランプが赤く浮かび上がっている。
シルバーのカムリ。
ホシの車輌で間違いないだろう。
吉岡はアクセルを全開にしてバイクのスピードを上げた。
全速力でカムリを追い越しながら車輌ナンバーを目で確認し、
そのまま50m疾走しながら辺りに他の車の気配がないのを確かめると、
バイクを右に大きく寝かせるように倒してアクセルを全開にしながら、
クラッチを一気に繋いだ。地面ギリギリに掠っていく右ひざを軸に
バイクの後輪が前方にスピンしてUターンし、急停車したカムリの前方で、
ピタリと止まった。
「ホシの車輌を停めました。中の様子は確認中です」
目線を前方の車に据え置きながら低く落とした声で受令機に報告し、
吉岡は素早くヘルメットを取りながらバイクから降りた。
無駄のない俊敏な動きでサイドスタンドを足で蹴り、
バイクを路上に立てかける。
前方からくるヘッドライトの光に阻まれて、
車内にいる犯人と被害者の様子は全く窺いようがなかった。
「特殊班の連中がそっちに着くまで二人を確保しつづけろ。
ホシは拳銃を持っているかもしれない。元裁判長の命が第一優先だ。
発砲してきたら迷わずホシを撃て」
吉岡は、ゆっくりと防寒ジャケットのジッパーを三分の一下げて、
背広の下の肩にはめたホルスターに右手を伸ばした。
バタンッ、とそのとき運転席のドアの開く音がして、
吉岡は掴んだ拳銃を瞬時に取り出して前方に構えた。
目を凝らして見るヘッドライトの光の中に、
犯人が被害者を車外に引き摺り出している姿が透けて見えてきた。
70代半ばらしき被害者は両手を後ろで縛られ、
60代後半くらいの犯人の男は、
出刃包丁らしきものを片手に持っている。
吉岡は、銃口を右にさっと動かした。
両手で構えている拳銃は、一ミリの狂いもなく、
犯人の持っている刃物に照準が定まっている。
犯人と吉岡との距離は、30メートル弱。
どう出てくる?
拳銃を構えながら、吉岡は犯人の動きに全神経を集中させた。
逃げようともがく被害者を必死に路面に押さえ込んでいる。
周囲にそれ以外の音は何もなく、真夜中の住宅街は、
無関心な静けさの中に沈みこんでいた。
「助けてくれ・・・助けて・・・」
夜風に消え入りそうな被害者の半泣きの声が吉岡の耳に届いてきた。
拳銃を構えながら、ジリ、と一歩、吉岡は犯人に近づいた。
「警察だ。ナイフを捨てて、人質をこっちに渡せ」
声の抑揚を消しながら、もう一歩、吉岡は犯人に近づいていく。
「人質をこっちに渡すんだ」
「刑事さんですか?」
緊張を割るように突然話しかけてきた犯人の声に、
吉岡は擦り寄る足を止めた。
その声は、とても落ち着き払っていた。
ヘッドライトの光線にようやく慣れてきた吉岡の目が、
犯人と被害者の顔を捉える。そこで今度は、
拳銃を握っている手が微かに緩んだ。
被害者は、高齢で疲労感こそ出ているが全くの無傷で、
逆に犯人の男の方がひどく憔悴しきってる様子に見えた。
「この人を傷つけたりはしません。安心してください」
犯人の声が続けに言う。
「それなら手に持っているナイフはそこに捨ててください」
吉岡は諭しながらそう言うと、擦り寄る動きを覚られないように注意しながら、
もう半歩、犯人の側に近づいた。
「それはできません」
「どうしてですか?」
「この人に謝ってもらうまで、これは手放せません」
犯人はそう言うと、横でへたりと路上に座り込んでいる被害者の
左腕をしっかりと掴みなおした。ヒっと竦んだ被害者の声がその後に続く。
「吉岡、現場はどうなっている? 被害者の状態は?」
しびれを切らした捜査三課長の声がイヤホンに飛び込んできた。
「無傷です。疲労の様子は見られますが、体調が特に崩れている兆候は見当たりません」
犯人の耳に届かないよう、低くトーンを落とした声で、
吉岡は受令機に向かって報告した。
その間も、目線はしっかりと犯人に据え置かれている。
「犯人は? 武器は持っているのか?」
吉岡は一瞬躊躇したあと、
「刃物を持っています。刃渡りは、約20センチ」
と続けて報告した。
「刃物を持っているんだな?」
「はい」
「撃て」
吉岡の目の奥に痛みの光が走っていく。
「被害者は最高裁の元裁判長だ、万が一があってはならん。撃て」
犯人は地べたに座り込んで、片手で元裁判長をしっかりと掴み締めながら吉岡を見上げている。
「ホシの肩を撃って、元裁判長の身柄を確保しろ」
雑音の入った無線音が、吉岡のイヤホンで鳴っている。
「撃て」
吉岡は、銃口を照準に合わせたまま黙って犯人の顔を見つめていた。
「吉岡、聞いてんのか?」
犯人の顔中に深く刻まれた皺が目に入って、吉岡は思わず胸が痛んだ。
「聞いています」
「撃てと命令しているんだ」
じっと見つめ返してくる犯人の目の中に悪意の光は一つも見出せなかった。
「吉岡、撃て」
そこに見えているのは、底なしの悲哀だった。
「撃つんだ」
吉岡は構えていた拳銃を静かに下ろした。
拳銃をホルスターに戻し、イヤホンをゆっくりと外した。
吉岡っ、吉岡っ、と、外したイヤホンの中で、
捜査三課長の声が滑稽なほど小さく叫んでいる。
受令機のスイッチを切り、
吉岡はゆっくりと犯人に向かって歩いていった。
「吉岡といいます。捜査一課の刑事です」
包丁を持っている自分の真ん前に腰を下ろした吉岡を、
犯人は気が抜けたような顔で唖然と見つめ返した。
「お名前を聞かせて頂けますか?」
穏やかに尋ねるその声に、犯人は黙り込んだが、やがて、
安住といいます、とポツリと言葉を地面に零した。
「安住さんですね。話を聞くためにナイフは必要ないですよね?
こちらに渡してもらえますか?」
吉岡の手が、すっと安住の前に差し出される。
反射的に安住は持っていた包丁をぐっと握り返した。
声にならない悲鳴が再び元裁判長から上がる。
「大丈夫です。この人はあなたを傷つけたりしません」
吉岡は、柔らかだがしっかりとした口調で元裁判長にそう言うと、
再び安住の方へと向き直った。
「お話を聞かせてくださいますか」
包み込んでくるようなその言葉の温かさに、包丁を持つ安住の手が緩んだ。
「僕でよかったら、話をしてもらえないでしょうか?」
くしゃっと安住の顔が歪んで、その手からぽとりと包丁が滑り落ちた。
項垂れた安住の目に入らないように注意しながら、
吉岡は素早く地面に落ちた包丁を自分の背後に回し、
そして目立たぬ最小限の動きで、元裁判長を自分の背後に保護した。
「ただ・・・謝ってほしかったんです、この人に・・・。
ひと言でもいいから、詫びてほしかった・・・。
息子の事件の裁判を担当したこの人に・・・」
安住は垂れていた顔を上げて、
吉岡の背後でそっぽを向いている元裁判長の横顔を見た。
安住の皺に埋まった小さな目が潤んでいる。
吉岡は黙ったまま、その目を静かに見つめていた。
「息子を殺した犯人が、実は冤罪だったと聞かされて・・」
吉岡の眉が、少し上がる。
「犯人だと思っていた男が、ある日突然、無罪だったと聞かされても、
でも、そんなこと急に言われても、25年間、ずっとその男を
犯人だと思って憎んできた、私と妻の気持ちはどうなるんですか?
あの裁判は間違いだった、冤罪が晴れて良かったといわれても、
それでは息子を殺した犯人は一体誰なんです?
誰が私たちの息子を殺したんですか? 犯人を憎むことだけが、
息子の供養だった・・。その25年間は、一体何だったんですか?
息子の無念は、息子の無念はどうなるんですか?」
安住はそこまで言うと、涙を堪えながらぐっと唇を閉じた。
胸の奥に深く落ち込んでいくようなやるせなさに駆られて、
吉岡は安住の肩を両手でそっと包みこんでいた。
「無罪の発表の後、妻と一緒に警察に行って、もう一度、
息子を殺した真犯人を探してくれってお願いしたんです。
そしたら、対応した刑事さんが、時効だからもう諦めるしかない、
いつまでも悲しんでいたら亡くなった息子さんが可哀想じゃないか、
そんなあんたらの姿を見て、息子さんも天国で悲しんでるよ、って
そう言ったんですよ」
安住は顔を上げて吉岡にすがり付いた。
「どうしてそんなことがわかるんです?
息子が私らの姿を見て悲しんでいるなんて、
どうしてそんなことが言えるんです?
殺された息子の気持ちは誰にもわからんじゃないですか?
無念だったと、無念だったろうと、それだけですよ。
その気持ちを諦めることなんて出来ますか?」
安住は、吉岡の腕を両手で握り締めたまま、
堪えきれずに嗚咽を漏らした。
「安住さん・・」
吉岡は安住の背中をそっとさすった。
そうすることしか出来ない自分がひどくもどかしかった。
「こんなことをして本当に済まないと思っています。
でも先日の新聞に載っていた、この人の、
息子の事件に対して言った言葉を読んで・・」
安住は涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔を上げて、
嫌悪感をその皮膚に露呈している元裁判長の顔を睨みつけた。
「あの裁判の否は警察にあるっていうこの人の言葉に、
どうしようもなく怒りがこみ上げてきてしまって・・・。
裁判の否がどうのこうのって・・それだけなんですか?
それだけで言うことは終わりなんですか?
あんたにとっての息子の事件は、
たったそれだけの言葉で片付けられてしまうことなのですか?
あんたのでたらめな判決で、多くの人の人生が犠牲になったんだ、
そのことはどうでもいいのですか?」
安住の声を無視するかのように黙り込んだまま、
元裁判長は憮然とした態度で横を向きつづけている。
「私はただ、あなたにひと言謝ってほしかった。
息子の墓の前で、ひと言、あれは間違いだったと、
過ちを認めてほしかった。それだけです。
でもあんたは謝ろうとしなかった。まったくひと言の詫びもなかった。
だからわたしはあんたが謝るまでこうしてっ、」
再び噴出した怒りに任せて元裁判長に掴みかかろうとした安住の体を、
吉岡は両手で抱きとめた。
「わたしらの25年間を返してください。息子との時間を返してください・・」
安住は吉岡の腕の中で泣き崩れた。
子供のように泣きじゃくる安住の体を、
吉岡は腕の中で静かに受け止めてやることしかできなかった。
安住の体全体から伝わってくる悲しみが、
どうしようもなく切なくて、胸が苦しかった。
ヘッドライトの光を遠方に察して顔を上げると、
暗闇の道に、数台の車が入り込んでくるのが見えた。
吉岡の瞳にやるせなさの痛みが増していく。
「安住さん・・・・立てますか?」
吉岡は、そっと安住に囁いた。駆けつけてくる刑事たちに検挙される前に、
安住に自分の足で立ってほしかった。
到着した車から、数人の刑事たちがばらばらと飛び出してくる。
あっという間に自分を包囲してくる刑事達の姿を、
安住は泣きはらした顔で呆けたように見つめ上げた。
「立ちましょう、安住さん」
吉岡は、そっとさりげなくサポートしながら安住自身の力で立ち上がらせた。
元裁判長の身柄が数人の刑事たちに抱えられて特別護送車へと運ばれていく。
「待ってください」
立ち去る元裁判長の背中に吉岡は呼びかけた。
元裁判長の足がピタリと止まり、
忌々しそうな表情を浮かべた顔が後方に振り返った。
それは、安住の横で助けを懇願していた姿とは、
まるで別人だった。
「吉岡、いい加減にしろ」
護衛についた刑事の一人が、
横目でチラと元裁判長の表情を窺いながら素早く制した。
「何か仰ることはないのですか?」
けれども吉岡は引かなかった。
「本当にないのですか?」
吉岡の瞳に強い光が宿っていく。
その横で安住の体が小刻みに震えていた。
「ひと言も、何も?」
怯むことなく、まっすぐに見据えたまま言葉を放つ吉岡の顔を、
元裁判長は横柄にギロリと睨み返した。
「間違いは誰にでもある」
重く、威圧感のある元裁判長の声が、
凍てつく夜気の中に響き渡った。
「それだけだ」
それだけ言うと、ぐるりと踵を返して、
元裁判長は護送車の中へと入っていった。
追いかけようとして足を踏み出した吉岡の腕を、
安住の手がぐっと掴んだ。
「もういいです・・・もう・・・・いいです」
振り返った吉岡に向かって安住は何度も頭を下げていた。
「安住さん・・・」
「あなたに話を聞いてもらえてよかった・・・」
手錠をかけてもらうつもりなのか、
安住は自分の両手を吉岡の前に差し出した。
その背後に、元裁判長を乗せた高級車が走り去っていく。
「どうぞお願いします」
皺とシミだらけの手が自分の前に差し出されている。
吉岡は安住の手を見つめた。
そこには、悲しみに耐えて、それでも地道に歩んできた安住の人生が、
深く深く刻まれているようかのだった。
じっと静かにその両手を見つめていた吉岡の手が自然と伸びて、
安住の手を両手で包み込んでいた。驚いた安住が顔を上げる。
「車までお送りします」
吉岡はそう静かに言って、安住の身体をそっと護送車へと向けた。
「ごくろうさん。後は俺たちの仕事だ」
最後まで現場に一人残っていた先輩刑事の高瀬が、
吉岡と安住に向かって歩いてきた。
「一課の奴に手柄は渡さないぜ。これは三課のヤマだ」
「手柄だなんて思っていません」
吉岡は高瀬に向かってまっすぐに言い返した。
「そうかい、じゃ、手渡してもらうよ」
そう言って高瀬は手馴れた手つきで安住に手錠を掛けていく。
「手錠は必要ないと思います」
「甘ったれたことを言うんじゃねぇよ。規則は規則だ」
高瀬は吐き捨てるように吉岡に言うと、
安住の体を護送車の方へと引っ張って行った。
小さく縮んだ安住の背中が無抵抗なまま引き摺られていく。
「安住さん!」
堪らなくなって、吉岡は連行されていく安住に駆け寄っていった。
「これ、これ着ていって下さい」
吉岡は自分の着ていた防寒ジャケットを脱いで、
護送車の中に押し込められた安住の肩にかけた。
でも・・・と言って戸惑っている安住に、
「これ暖かいんです」
と言って微笑んだ。
「舐めた真似すんじゃねぇぞ」
運転席からドスの効いた高瀬の声が飛んでくる。
「規則にはひっかからないはずです」
吉岡は、バックミラーの中から睨んでくる高瀬の目を見つめ返しながら言った。
ふん、と鼻をならして、高瀬は車のエンジンをかける。
「どけ。出発するぞ」
吉岡は後部座席のドアを静かに閉めた。と同時に、
後部座席の窓ガラスがスーッと降りていって安住の目と直に目が合った。
吉岡は運転席に目をやり、そ知らぬ顔で前方を見ている高瀬に頭を下げた。
「それでは・・」
と安住に向かって言いかけて、
後はなんと続けたらいいのか言葉に詰まり、
吉岡は口を噤んだまま黙ってしまった。
「刑事さん、」
静かに響いてきた声に吉岡は顔を上げて、
安住の顔を見つめ直した。
「吉岡です」
「はい?」
「僕は、吉岡といいます」
不意をつかれたように一瞬驚いた安住の表情は、
しかしすぐに穏やかな顔に戻り、
「吉岡さん、ご迷惑をおかけしました」
と言って一礼した。それから顔を上げて、
吉岡の顔を初めて正面からまともに見つめ返してきた。
「息子が生きていたら、今はあなたと同じくらいの年齢でした。
もしまだ生きていたら・・・君のように育っていてくれたかもしれないな・・・」
そう静かに言って、安住は少し寂しそうに微笑んだ。
はい、と何度も頷きながら、吉岡はその場に立ちつくしていた。
「泣かないでください」
「え?」
気付くと、いつのまにか吉岡の頬に涙が零れていた。
声もなく、いくつもの涙の雫が、吉岡の頬を伝って落ちていった。
「どうぞ元気でいてください」
再び頭を下げた安住がそう言い終ると同時に、
車が音もなくゆっくりと発進した。
走り去る車に向かって、吉岡は深々と頭を下げた。
やがて顔を上げると、車のテイルランプが夜の闇に小さくなっていた。
吉岡はその場に佇んで、安住を乗せた灯りが消えて見えなくなるまで、
走り去る車をいつまでも見送っていた。
つづく
何度も言うけど、これ本にしてほしい!映像化してほしい!本当に大好きです。
今回の吉岡刑事、
気に入ってもらえて嬉しかったとでっす~!
警察小説は殆ど読んだことがないし、
ましてやバイクのことはまるっきの未知との遭遇だったので、
どう書いて良いのか分からず悩んで、
思わずそのまま出家したくなってしまったのですが、
感想を寄せて頂けて、ほんっとに救われる思いでした~。
とっても嬉しかったです。
次回も書いちゃお~っていう原動力になりました。えへ~。
読んでくださる人あっての、吉岡刑事ですけん、
お時間を割いて読んでくださって、ほんっとにありがたく思っています。
これから吉岡刑事がどうなってしまうのか、
それは私も霧の中なのでぃすが、
頑張れ吉岡刑事! と応援しながら
書いていっちゃお~っと思っておりますです。
どうぞこれからも、よろしくお願いいたします。
感想、ありがとうございました。
すっごく嬉しかったです。
何だか、思いっきり安住さんに感情移入して読んじゃいました。
吉岡刑事の体調が気になってたんだけど、
安住さんの今後も気になるぅ。。。
三課へ連れて行かれても、ちゃんと話を聞いてもらえるんだろうか??
切ないなぁ・・・。
>捜査三課長の声が滑稽なほど小さく叫んでいる。
この表現がすごく面白かったです。
そういう時って、本当に滑稽に聞こえるんだろうなって。
私、車を運転しないんで地理とか全く解らないんですけど、
風子さん、凄いですね!
吉岡刑事の頭の中だけでなく、風子さんの頭の中にも
しっかりと地図が描き出されているんですね。
って、風子さんが執筆しているのだから当たり前なんだろうけど、
吉岡刑事の頭の中=風子さんの頭の中
って感じですよね。
そうなんですよね。
冤罪事件のことを本で読んだり、ニュースで聴いたりするたびに、
無実の人が晴れて無罪になったのはとっても嬉しいことだし、
良かった~って心底思うけれど、でもなんかそのことだけに
報道の焦点が集まってしまっているような気がして・・・。
それじゃ、誰が真犯人なの? 遺族の気持ちは一体どうなるの?
って、なんかとてもやるせない思いになったりしますよね・・・・。
安住さん、きっと大丈夫です。
吉岡刑事と知り合いになったし。。。
>この表現がすごく面白かったです。
そうでましたですかっ?!
うぅ、そう思っていただけてえがったぁ・・・・。
嬉しいですぅ~!
でも、い、いや、申し訳ないでぃす、地図のことは・・・
よく調べて書いたのですが、間違っているかもしれず・・・。
すみまっせん、ごめんなさいです・・・。