世の中の正しいことは正しい、つまりそれは「正義」だと思っていた。
だが、おいらが思っていたその「正義」とは、自分自身が考えている正義でしかないそうだ。
そんなことに気づかされたのは、仏教の「煩悩の氷解けて功徳の水となる」からだ。
◆相手の正義を受け入れる
人々がそれぞれ、いわゆる十人十色であるように、実は正義と言うものも十人十色なのだという。
どっちが正しいか、どっちが悪いか、我々は自分の価値観に沿って物事を判断している。
そのため、自分の正義を主張するだけで、相手側の正義は無視し、さらには許せないとなる。
本来はみんな違っていて、みんながそれぞれの正義を持っていることを認めるべきらしい。
それを認めず、一つの正義が通らないとイライラする。
窓を開いて日の光を浴びるようなさわやかさで、心を拡げ自分こそが正しいという考えを捨てない限り、攻撃の炎は消えない。
宇宙の普遍の生命には、人間社会の正義・不正義の概念はひとかけらもないものだ。
宇宙の生命と同化すれば、自分だけの正義など消え失せて相手の正義をも理解できるようになる。
世の中の平和とは、自分の正義感からスタートするのではなく、相手の正義を受け入れることから始まるのだ。
→たしかに 人は無意識にそういう態度を取っているのかもしれません。
相手の正義と言うか立場をもちちゃんと考えるべきなようですね。
だが、おいらが思っていたその「正義」とは、自分自身が考えている正義でしかないそうだ。
そんなことに気づかされたのは、仏教の「煩悩の氷解けて功徳の水となる」からだ。
◆相手の正義を受け入れる
人々がそれぞれ、いわゆる十人十色であるように、実は正義と言うものも十人十色なのだという。
どっちが正しいか、どっちが悪いか、我々は自分の価値観に沿って物事を判断している。
そのため、自分の正義を主張するだけで、相手側の正義は無視し、さらには許せないとなる。
本来はみんな違っていて、みんながそれぞれの正義を持っていることを認めるべきらしい。
それを認めず、一つの正義が通らないとイライラする。
窓を開いて日の光を浴びるようなさわやかさで、心を拡げ自分こそが正しいという考えを捨てない限り、攻撃の炎は消えない。
宇宙の普遍の生命には、人間社会の正義・不正義の概念はひとかけらもないものだ。
宇宙の生命と同化すれば、自分だけの正義など消え失せて相手の正義をも理解できるようになる。
世の中の平和とは、自分の正義感からスタートするのではなく、相手の正義を受け入れることから始まるのだ。
→たしかに 人は無意識にそういう態度を取っているのかもしれません。
相手の正義と言うか立場をもちちゃんと考えるべきなようですね。