聞かれる前に、このブログのタイトルについて申し添えます。
「天空の舟 小説伊尹伝」(宮城谷昌光、1991年)の「湯の訪問」の章の次から拾ったものです。
『この世ならぬなにかがわたしを生かそうとしているのなら、おなじそれがわたしを殺そうとするまで、生きればよい。人がわたしに与(くみ)せぬなら、わたしは天地とともに生きて、わたしだけの野を拓いてやろう。』
… この小説は、古代中国の商王朝(のちに殷と呼ばれる)を創始した湯王を補佐した 摯(し、伊尹(いいん))を主人公としたもので、上の言葉は湯に招かれる前の摯の心情を表したものです。
ことさら肩に力をこめる訳ではありませんが、
会社を辞め、自分で活路をひらこうとした当時(1992年)の気分にぴったりでした。
しかし、17年を経てみると、自分の足の周り 30㎝ 位の幅を拓いた(?)だけですから、それでは 野 とはいえないね。ただ、ぼおーと立って、寒風が吹くので寒い寒いと足踏みをしていただけの様な気がします。
野に及ぶべくはないものの、せめて、立って半畳、寝て一畳分位は何とかしないと...
「天空の舟 小説伊尹伝」(宮城谷昌光、1991年)の「湯の訪問」の章の次から拾ったものです。
『この世ならぬなにかがわたしを生かそうとしているのなら、おなじそれがわたしを殺そうとするまで、生きればよい。人がわたしに与(くみ)せぬなら、わたしは天地とともに生きて、わたしだけの野を拓いてやろう。』
… この小説は、古代中国の商王朝(のちに殷と呼ばれる)を創始した湯王を補佐した 摯(し、伊尹(いいん))を主人公としたもので、上の言葉は湯に招かれる前の摯の心情を表したものです。
ことさら肩に力をこめる訳ではありませんが、
会社を辞め、自分で活路をひらこうとした当時(1992年)の気分にぴったりでした。
しかし、17年を経てみると、自分の足の周り 30㎝ 位の幅を拓いた(?)だけですから、それでは 野 とはいえないね。ただ、ぼおーと立って、寒風が吹くので寒い寒いと足踏みをしていただけの様な気がします。
野に及ぶべくはないものの、せめて、立って半畳、寝て一畳分位は何とかしないと...