午前中にマンション管理組合の総会に出席した後、東大阪市
にある大坂冬の陣と夏の陣の史跡めぐりと司馬遼太郎記念館
を訪ねて歴史ウォークにでかけた。
近鉄若江岩田駅から南へ約30分、第二寝屋川のほとりまで
このあたりは慶長19年(1614)の大坂冬の陣と翌年の夏の
陣で豊臣家から徳川家に政権が代わる節目の戦いがあった
ところだ。
川のほとりの木村公園にある豊臣秀頼の側近として活躍した
木村重成の墓を最初に訪ねた、藤堂高虎や井伊直孝と若江
の戦いで戦死したが、その武勇が敵味方両方から讃えられた
戦国武将として知られている。

そこから寝屋川を向かい側にある若江南墓地へ
ここには、夏の陣で木村重成に敗れ戦死した徳川方の山口
重信の墓があるが、3メートル四方の敷石の上に亀が乗り
その上に高さ3メートルの墓塔が立てられ墓地の中でも極
めて目立つ。

そこから史跡めぐりをしながら国道2号線をすすみ若江城跡
をめぐって司馬遼太郎記念館までしばらくウォーキング。

記念館が近付くと道端や店先に咲きそろった菜の花が目立っ
てくる、歴史街道の案内標識の周りにも菜の花が咲いていて
さすがに司馬遼太郎さんを象徴する光景だ。

丁度午後3時に記念館に到着、地階のホールで始まったば
かりの映画「街道を行く」をみた。

安藤忠雄さんの設計によるこの記念館を訪れたのは4度目
になるが、何度訪れても新鮮な気持ちになれる記念館のガ
ラス回廊、ここにも菜の花がいけられている。

高さ11メートルの壁面いっぱいが書棚になっていて2万冊
の蔵書が展示してあるが手に取って見るというよりも、ただ
眺めているだけ(館内は撮影禁止)
何か自分に語りかけられているような
また、自分を見つめなおしているような
不思議な空間に自分がいる気がして
豊かな気分になれる。
記念館の外に出て
雑木林風の庭に咲き乱れている小道を歩いてみる。花供養碑。

司馬さんの書斎がその中にあり執筆されていたままの机が
外から見える。

ボランティアの人と少し話してみた、多くの人が記念館の中、
外でボランティアをしているが近くの人ばかりではないそうだ。
今日も鹿児島ね北海道からも来館者があったそうで全国から
訪れる司馬ファンは多いという。
記念館を辞して近鉄小坂駅まで最後のウォーキング、ここの
道中も道々に菜の花が咲いていて商店街から駅前まで続い
ていた。

ロケットまいど1号を打ち上げた中小企業のものづくりの町・
東大阪市だが史跡もあり歴史の町、そして司馬遼太郎さん
が最後まで離れないで過ごした町でもある。
ウォーキングというより、のんびり散歩だったかもしれないが
なんだか心豊かになって戻ってくることができた。
司馬遼太郎記念館で買った、記念のブックカバー付き。

にある大坂冬の陣と夏の陣の史跡めぐりと司馬遼太郎記念館
を訪ねて歴史ウォークにでかけた。
近鉄若江岩田駅から南へ約30分、第二寝屋川のほとりまで
このあたりは慶長19年(1614)の大坂冬の陣と翌年の夏の
陣で豊臣家から徳川家に政権が代わる節目の戦いがあった
ところだ。
川のほとりの木村公園にある豊臣秀頼の側近として活躍した
木村重成の墓を最初に訪ねた、藤堂高虎や井伊直孝と若江
の戦いで戦死したが、その武勇が敵味方両方から讃えられた
戦国武将として知られている。

そこから寝屋川を向かい側にある若江南墓地へ
ここには、夏の陣で木村重成に敗れ戦死した徳川方の山口
重信の墓があるが、3メートル四方の敷石の上に亀が乗り
その上に高さ3メートルの墓塔が立てられ墓地の中でも極
めて目立つ。

そこから史跡めぐりをしながら国道2号線をすすみ若江城跡
をめぐって司馬遼太郎記念館までしばらくウォーキング。

記念館が近付くと道端や店先に咲きそろった菜の花が目立っ
てくる、歴史街道の案内標識の周りにも菜の花が咲いていて
さすがに司馬遼太郎さんを象徴する光景だ。

丁度午後3時に記念館に到着、地階のホールで始まったば
かりの映画「街道を行く」をみた。

安藤忠雄さんの設計によるこの記念館を訪れたのは4度目
になるが、何度訪れても新鮮な気持ちになれる記念館のガ
ラス回廊、ここにも菜の花がいけられている。

高さ11メートルの壁面いっぱいが書棚になっていて2万冊
の蔵書が展示してあるが手に取って見るというよりも、ただ
眺めているだけ(館内は撮影禁止)
何か自分に語りかけられているような
また、自分を見つめなおしているような
不思議な空間に自分がいる気がして
豊かな気分になれる。
記念館の外に出て
雑木林風の庭に咲き乱れている小道を歩いてみる。花供養碑。

司馬さんの書斎がその中にあり執筆されていたままの机が
外から見える。

ボランティアの人と少し話してみた、多くの人が記念館の中、
外でボランティアをしているが近くの人ばかりではないそうだ。
今日も鹿児島ね北海道からも来館者があったそうで全国から
訪れる司馬ファンは多いという。
記念館を辞して近鉄小坂駅まで最後のウォーキング、ここの
道中も道々に菜の花が咲いていて商店街から駅前まで続い
ていた。

ロケットまいど1号を打ち上げた中小企業のものづくりの町・
東大阪市だが史跡もあり歴史の町、そして司馬遼太郎さん
が最後まで離れないで過ごした町でもある。
ウォーキングというより、のんびり散歩だったかもしれないが
なんだか心豊かになって戻ってくることができた。
司馬遼太郎記念館で買った、記念のブックカバー付き。
