本日、10月10日は島津家第21代藩主 島津吉貴様の没後270年となるご命日でございました。
延享4年(1747年)10月10日磯別邸にて死去 齢73
『島津歴代略記』によると、
吉貴様は、第20代藩主 綱貴様の長男 母は二階堂十郎左衛門宣行の娘お重
延宝3年(1675年)9月17日、鹿児島鶴丸城に出生、初め菊三郎。又三郎。忠竹。
天和元年(1681年) 江戸に上り、同3年(1683年) 曾祖父 光久の加冠により元服
貞享2年(1685年) 五代将軍 徳川綱吉に謁し、元禄2年(1689年) 元服の礼を行って松平姓と諱を賜り吉貴と改めました。
宝永元年(1704年) 襲封。
吉貴の長男で 第22代藩主 島津継豊様は、徳川家から養女・竹姫を夫人に迎えた事や、第25代藩主 島津重豪の祖父として知られますが、父親の吉貴様は一般にはあまりメジャーではない気がします。
私にしてみても、薩摩で名越(なごや)家を名乗る切っ掛けとなったのが初代・名越恒渡(つねただ)の妹・お須磨様が吉貴夫人となったからだと知り初めて「吉貴」という名前を認識したわけですから。
とりあえず、今日はご命日であったことをお知らせして、後日改めて書いてみたいと思います。