ホントによく降りましたねぇ...。
チューベローズの話で替え歌して以降。
『圭子の夢は夜開く』が、
ずっと、頭の中で流れている。
なぜかなぁと考えたら、
懐かしいのもあるけれど、
歌詞が自分にちょっとリンクするから。
私の場合、『暗かった』のは、
もっと、人生の早いうち、
からだったが。
で、考えた。
なぜこの歌の中では、
夢は『夜開く』のか。
時代の感覚でいえば、
『女性が自立するには厳しいものがあったから、
夜の世界で』とか、
『暗い過去から、
人を正面から愛するのが怖くなり、
夜と酒に紛れて』とか、
色んな解釈が出来るような気がするけれど。
さて、この歌より、
少し後の昭和を生きた、
当時は子供だった私にも、
響いた部分は、少なからずある。
それは先述の、
暗さを残した昭和という『時代』。
それに、私自身の過去からいえば、
『居場所を持たず、
行くあてもない少女だった頃に、
手を差し伸べてくれたのが『男』であったというのが、
否定出来ない事実』
であったということか。
しかし、彼らにすれば、
私は『男を利用』して、
苦しい場所から逃げた『女』ではあるが、
そこにはそれなりの『共犯関係』があったので、
きっと恨まれたりとかいうことはないだろう。
16だった少女が、
流され、もがいて、
抜け出すために。
私の場合、
結局、どうしても守りたかった、
『夜の世界には入らない」は、
守りきったが、
(今はもう「入りたい」といっても、
「お断り!」だろうし(笑)
現在の商売も『水商売』といえばそうだけど、
フツーのワインレストランだし)
その後も家族由来の『暗い過去』はつきまとい、
たくさん、苦しいこと、寂しいこと、
悲しいことはあったから、
逃げたと思ったら、
逃げきれていなかった、
なんてのは、それこそよく聞く話。
けれど、結局は自分次第、
なんだろう。
時代とか、運の良さとか、
決断しどきとか、
時には『ひとでなし』になる覚悟とか、
色々あるのは間違いないが。
頑張れば夜だけでなく、
きっと白昼堂々、
夢は開く。
それに、夜咲く花も、
やっぱり陽の光りをたっぷり浴びないと、
開くことは出来ないんだよ。
選べ。
選べ。
陽射しの下で、メダカを愛でつつ、
心の中で呟く。
頑張れ。
巣を冷やすための水を汲みに来ていたアシナガバチも、
雨が降ったここ数日は来ていない。
見えるかな?巻き簾の上を飛んでるの。