昨日はとってもいい天気!
だけど...すんごく寒かった!!
朝から『つくし』を摘みに行ってのことだった。
「さてそろそろ」と、いっぱいになった袋を抱え、
引き返そうとしたとき、その人が現れる。
「つくし?」と、私が抱えたものの正体を確かめ、
「本当はもっと、水辺に生えているのが美味しいよ」と。
そのおじいちゃんは、丁寧に教えてくれて。
「ああ、そうなんですか♪」
さくらは二分咲き、三分咲き。
見ごろは週末あたりかな?
毎年つくしを摘むたびに、多くの人から話しかけられるのに慣れた私は、
話し続けようとするおじいちゃんに、少々付き合うことに決める。
.....が。
何やら耳を傾けてると、そのおじいちゃんの話が、
現実なのか妄想なのか.....
次第に怪しい方向へ進んでいくのに気づいて、戸惑う。
「あそこに生えているあの、うちの敷地にある木。
アレ、枯れているでしょう?アレは除草剤をかけられて枯れたんだ。
犯人はだいたいわかってるんだ。裏の後家だよ。
あの後家は昔うちの納屋に男を連れ込んで、
その男が煙草を捨てたものだから、火事になりかかって.....
あそこが燃えたら近所もみんな燃えちゃうよ。
俺の親父は怒ってねぇ.....でも後家と男はすぐ逃げちゃって、捕まんなかった」
「あの柿の木は接ぎ木をして、腐葉土を自分で作ってあげて、
良い実をつけるんだけど、みんな盗まれちゃう。
腐葉土もみんな持っていかれちゃうんだ。近所のヤツだよ」
おじいちゃんは同じ話を4度も5度も、飽きずに繰り返す。
さくらが咲く頃のつくしは美味しいと。
今年もたくさん摘んできました♪
持ち帰ったものは、ちまちまちまちま、袴をとって、余分な胞子を落として。
『ああ、このおじいちゃんはどこか病んでしまって、
妄想に取りつかれてしまったのだ』
私は勝手に結論づけて、
さて、このおしゃべりをどの辺で切り上げようかと、
様子をみながら考える。
.....しかし、おじいちゃんのおしゃべりはやむことなく。
次第に私はそこに何か、不思議な整合性があることにも気がつく。
「ほら、ここには昔、池があって、大雨で川の水が流れ込んだとき、
水遊びをしていた子供が一人亡くなってねぇ.....誰も弔いをしなかったんだけど、
おばが供養のためにその後石塔を建ててね。
見て、足元の石塔。水神って彫ってあるでしょ?
これは水で亡くなった仏さんなんだ」
見れば、それまでただの道しるべか何かかと思っていた土手の小さな石塔には、
本当に側面に『水神』の文字があって.....
私は、何が現実で何が妄想なのか、わからなくなる。
こちらは取り除いた袴と胞子。
つくしは頭がまだ固い、開ききっていないものが美味しいというけど、
そういうのは胞子がすごいので、とんとんとボールの肌にぶつけて、
余分なものを落としてやる。
その後、つくしは何度か洗って6~7時間水に浸して、間に数度水換え。
いったん湯がいて絞って下ごしらえ。
「ほら、そこの川には大戦中米軍の戦闘機が墜ちて。
日本軍が引き上げに来たけど、エンジンはまだ見つかってないんだよ」
「焼夷弾が破裂すると、破片がべっとりと膝の下にこびりついてとれない。
六角形のヤツだよ」
そういえば、博物館で見たマグネシウム焼夷弾は六角形ではなかったかと、
私は思い出して、ますますおじいちゃんのことがわからなくなる。
もしかしたら、おじいちゃんの言っていることは、全部本当のことなのかもしれない。
でも、もしそうなんだとしたら.....
ちょっとした横溝正史の世界じゃないか。
のどかな農家の集落に小さな川、
近隣の人たちと、絶え間なく起こるトラブル、
疑心暗鬼の世界。
下ごしらえの済んだつくしは、ごま油で炒め、醤油・砂糖・みりんで味付け。
毎度変わり映えしませんがきんぴらに。
やっぱり美味しい!春の香り♪
毎春、一度は食べたいもの。
「そろそろ帰らなきゃ」
同じ話を繰り返し続ける、おじいちゃんが息を継いだのを見計らい、
私はなんとか、そのおしゃべりの渦から身を滑らせる。
「それじゃあまた!興味深いお話をありがとうございました」
はたして私が聞いたのは、小説より奇なる事実だったのだろうか。
小さな世界にうごめくものは、案外おそろしく、
想像もつかぬ現実だろうかと.....。
自転車に乗り、しばらくして振り返ると、
遠く小さくなったおじいちゃんは、土手にたたずみ、
川をじっと見つめている風だった。