夏休みの好天に喜び、自転車で走り回る子供の安全を阻害してまで、
手放さないあなたのその日傘は、どんな『美意識』ですか?と聞きたい。
無論、日傘が、『美肌』のためだけでなく、
暑さから身を守るためのものであることも知っているけれど。
たたむ事が出来ないなら、一歩引いて道を譲ってあげれば済むことだろうに。
夏休みの好天に喜び、自転車で走り回る子供の安全を阻害してまで、
手放さないあなたのその日傘は、どんな『美意識』ですか?と聞きたい。
無論、日傘が、『美肌』のためだけでなく、
暑さから身を守るためのものであることも知っているけれど。
たたむ事が出来ないなら、一歩引いて道を譲ってあげれば済むことだろうに。
己の中にある『鍵』は。
Kは私の母。
これまでは、中学時代の友人・知人たちについて書いてきたが、
『事情』といえば、彼女を思い出す。
とはいえ、彼女についてはその多くを書くことが出来ない。
なぜなら、あまりにその『事情』は、
普通の人には衝撃が大き過ぎるだろうから。
ただ、『誰かのせいにする』ということを、
もし、彼女がしないで生きられたなら。
『不運』を引き寄せる鍵が、自分にもあると、
省みることが出来たなら。
こんなことには、ならないで済んだだろうに。
私に言えるのはそれだけである。
越えてはいけない一線を越えた者たちの『事情』は、私には解らない。
「おじさん、あたし見てんの?」
そのセリフだけを、強烈に憶えている。
ブロック塀をぶち壊し、
空き地に乗り上げた、盗難車に集る野次馬に紛れて、
Oは一人の男性に、そう声をかけた。
およそ中学生には見えない、その容貌は、
高そうな、大人びた、真っ白なロングコートや、
念入りな化粧、丁寧に染められた髪のためだが、
なぜ、その現場を、彼女や私が見に行ったか。
その理由は『お察し』である。
ただ、その犯人は後に、相応の報いを受けた、と、私は思う。
理由にも何もならないが、時代は荒れていて、
まだまだ、未開だった頃の話だ。
Oがあの時、男性に声をかけたのは、
彼女が身につけている、
様々なものを買う資金を得るための、カモを探していたからだろうが、
彼女が『売った』もの。
買ったもの。
『払った』代償がどれほどのものなのか。
二、三度顔を合わせただけの私にはわからない。
ただ、あのセリフのせいで、あの場面が、
写真のように、脳裏に焼き付いている。
男性が目を背けるとOは、弾けるように笑った。
『たまり場』には文字通り、
様々な『事情』がたまり、
蠢いては、去っていった。
おそらくそれは『自由』ではなく、おそらくそれは『孤独』ではない。
「タバコは何吸ってんの?」
そうAが話しかけてきたことから、
私達の付き合いは始まった。
都心から、転校生としてやって来たAが、
例のごとく、型通り、みんなの前で自己紹介し、
隣に座ってすぐ、の話だ。
『悪過ぎて』それまでの中学校にいられなくなり、
私の住む町へ『飛ばされて』来た彼女は、
まだヤンキー全盛期の、
ズルズルと長いスカートを引きずる生徒たちの前に、
膝上スカート、ハイソックス、レイヤーカットの髪をなびかせて、
『外の風』を持って現れた。
なぜ、彼女が私を気に入って、
急に話しかけて来たのかはわからないが、
とにかく二人は仲良くなり。
同時に、私は他の同級生とは疎遠になり始めたのだった。
「大して仲良くもないヤツらと、迎合するのは気持ち悪い」
という、彼女の考え方に私は影響を受け、
Aの持つ、『外の風』に魅入られた。
流行りのファッション、ブランド、化粧品、ディスコ。
バブルに突入しようとしていた、かつての六本木が、
彼女のホームタウンだった。
彼女の周りでは、中学生が『親に与えられた』架空名義のカードを持ち歩き、
ホテルで遊び、移動はタクシーでするのだ。
カクテルを傾け、爆音に身を浸し、
つるむことを好まず、自由に遊ぶその姿は、
まるで違う世界の住人のようだった。
ホントかウソか、よくわからない話も多かったけれど。
少なくとも私が見たものには、間違いがなかった。
通学のために母親と、平日だけ暮らしている小さなアパートは、
昼間は母親不在のため、
Aと私が授業を『ばっくれて』遊ぶ、根城となった。
そして瞬く間に卒業の時がやってきて。
彼女は進学をせずに、地元に戻ることになった。
最後に
「これあげる」とAが、
どっさり、ブランドものの服を私に残していったのは。
年頃なのに、服の一枚も買って貰えない、『束の間の友人』への、
同情からだったのだろう。
全身で、全方位に敵意をむき出しにしていた彼女が、
どうして私に対しては優しかったのか。
今思い出してみても、彼女は『自分』のことを、あまり語らなかったのでわからない。
『怖い』を知らない怖さ。
Rの母親は『理想の家庭』の実現に、躍起になっていた。
手作りの服に手作りのお菓子。
小奇麗な家に、規則正しい生活。
優秀で従順な息子に、
スタイルが良く、美しい中学生の娘。
自身も高学歴で、
しかし、その娘Rは、あまりの窮屈さに息も出来ず、
もがくように出口を求めていた。
不自然なほど明るく、物怖じしない性格も、
それに拍車をかけて。
はっきりモノを言い過ぎることから、
集団から弾き出されたRは、
同じく、集団とは相入れない私や、
Nとつるむようになった。
その怖いもの知らずさから、
誘われればどこにでも顔を出し、
それぞれに少し持て余されながらも気にもせず、
その『世界』を楽しげに満喫する彼女に、
母親は怒り狂い、『たまり場』へ踏み込んでくること数回。
時には私の継母を引き連れて、
窓から乗り込んで来たこともあった。
ヒステリックに叫び、
なりふり構わず周囲を罵倒し、娘を引っ掴み...
「アタシが悪くなったのはerimaのせいだって、お母さんが言ってる」
だからアタシとは付き合ってないってコトにしてくれと、
R自ら、そう頼んできたこともあった。
「ああいう家庭の子だから、erimaがお前を引き込んだに決まっている」
と、母親が言っていると。
Rには悪気はなく、
単純に言われたことを私に伝えただけなので、
それはそれで「了解!」となったが、
ただ、あの母親の言ったことが、
『世間の偏見』の存在を私に教え、
それは今に至るまでの、
「世間の思う壺にはならない。
ああやっぱり、ああいう家の子だからと言われるような事は、絶対にしない」
という、意地を作ってくれた。
Rの、「erimaとはもう付き合っていない」という『嘘』に、
あの母親が騙されたのかどうかはわからないが、
熱しやすく、恋愛体質のRは、
私と同じ高校に進んでからも、
様々な「かっこいい!」人を追いかけては、学校中の噂になり、
次第に居づらくなったのか、進級前に辞めてしまった。
そして、家を出て。
その頃にはもう、詳しいことはわからなかったが、
ある日、ある筋の、情婦となって、
颯爽と、毛皮を羽織って会いに来たのを覚えている。
まだ、16か、17の頃の話だ。
次に会ったのは子供を二人産んだ後。
「違う男と遠くに逃げた」と連絡が来て、
ほとぼりのさめた頃。
結局、その後もまた、彼女は違う男と逃げて、
今はもう、何をしているかはわからないけれど、
風の噂では、実家に戻ったという話もあるから、
案外しれっと、『普通』にやっているのかもしれない。
あの、不思議なほどの、『快活さ』で。
もしかすれば、
『いつでも帰れる場所がある』ということが、
彼女の暴走をとめどないものにし、
けれど、やはり、元の場所に戻したのだろうか。
はたして。
帰る場所がない私には、わからない。