私が使う私鉄は午後5時からターミナル駅で整列乗車を奨励しています。
仕事帰り、みんな 疲れています。
それでも、駅ホームの放送を聞き、車掌が降車客が全員降りるのを確認してから、
一旦ドアを閉め、反対側のドアを開けるまで、ジッと静かに待っているのです。
私も勿論そうしています。
なのに、なのに、です。
各駅停車のホームでは、降車客が全員降りたのを確認しません。
それに乗じて、降車ホームで待ち、降車客に紛れて素早く乗車する客が
必ず居るのです
放送でも“お願い”しているのですから、分かっているはずです。
三々五々といるというのは、みんな承知の方々ばかりと推察します。
「たいしたことじゃないじゃないか」とおっしゃる方もいるでしょう。
しかし、疲れて帰って電車に乗るとき、「座りたい」と思うのです。
講習で半日立ちっ放し、喋りっぱなし、せめて電車では座りたい・・・
混んでいるときは仕方ありません。諦めます。
それだけに、降車ホームに居座り、掟破りで電車に滑り込む人がいることには
腹に据えかねるものがあります。
そんな図々しいことがどうしてできるんでしょうか
その人たちは、さすがに向かい側のホームに整列してジッと待つ人々を
正視出来ないのでしょう。
本を読んでたり、あらぬ方角を眺めていたりします。
でも、“座ったものが勝ち”の精神なんでしょうかね。
どんな生き方をしているのか、どう生きてきたのか、理解できません。
自分がそんな人間でなくて良かったとさえ思います。
仕事帰り、みんな 疲れています。
それでも、駅ホームの放送を聞き、車掌が降車客が全員降りるのを確認してから、
一旦ドアを閉め、反対側のドアを開けるまで、ジッと静かに待っているのです。
私も勿論そうしています。
なのに、なのに、です。
各駅停車のホームでは、降車客が全員降りたのを確認しません。
それに乗じて、降車ホームで待ち、降車客に紛れて素早く乗車する客が
必ず居るのです
放送でも“お願い”しているのですから、分かっているはずです。
三々五々といるというのは、みんな承知の方々ばかりと推察します。
「たいしたことじゃないじゃないか」とおっしゃる方もいるでしょう。
しかし、疲れて帰って電車に乗るとき、「座りたい」と思うのです。
講習で半日立ちっ放し、喋りっぱなし、せめて電車では座りたい・・・
混んでいるときは仕方ありません。諦めます。
それだけに、降車ホームに居座り、掟破りで電車に滑り込む人がいることには
腹に据えかねるものがあります。
そんな図々しいことがどうしてできるんでしょうか
その人たちは、さすがに向かい側のホームに整列してジッと待つ人々を
正視出来ないのでしょう。
本を読んでたり、あらぬ方角を眺めていたりします。
でも、“座ったものが勝ち”の精神なんでしょうかね。
どんな生き方をしているのか、どう生きてきたのか、理解できません。
自分がそんな人間でなくて良かったとさえ思います。