日記

日々のあれこれ
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「隆明」だもの ハルノ宵子

2023年12月22日 | 読書

わずか一週間前に出た本。アマゾンに注文したらすぐ来て、もう読んだ。

大変に面白かった。ボリュームもあり、読みごたえもあった。

晶文社から「吉本隆明全集」というのが刊行中で(知らなかった)、その月報、他の媒体に書いたもの、吉本ばなな氏との姉妹対談、本人のインタビューからなっている。

著者は吉本隆明の長女で漫画家、1957年生まれなので現在60代半ばというところでしょうか。

漫画が本業の方の文章と思っていたら、いい方にうーーんと期待を裏切られた。ものの見方、人の観察など随所にきらりと光るところがある。これはお父さんから受け継いだ才能なのかもしれない。

私達の世代だと、吉本隆明は同時代に生き、発言する人で、著作は難しいのも多かったけど、「知の巨人」という位置づけ。

その人が家族から見てどうだったか、等身大の姿が、活写されている。

印象に残ったのは、吉本家には常に来客が絶えなかったこと、吉本隆明が大学などに属さず、著作業だけを貫いたこと、庶民としての生活態度を変えなかったことなど。全然ぶれない人だったようです。

吉本家は戸締りをせず、誰がいつ来てもよかったそうで、いつ帰ってもいい、いつまでいてもよいという開放的な家。子供のころは島尾敏夫、奥野健夫、江藤淳、村上一郎などがよく訪ねて来て、連れてきた子供と遊んで泣かしたり、赤ちゃんだったばななさんの顔を江藤淳がまじまじと見ていたり。坂本龍一も来ていたそうです。

娘への教えは「群れるな。一人がいちばん強い」ということで、世間が常識としているものに安易に同調しない態度は一生を貫くものだったとよく分かった。

また病弱な奥様の代わりに家事もこなし、娘二人のお弁当も作る。そのお弁当で姉妹の思い出話は盛り上がる。

また夏は伊豆で旅館を借りて海水浴するのが習わしで、初め、編集者、次第にそれぞれが知り合いを連れて来て大合宿のようになり、夜はお酒も交えてあちこちで議論が交わされる。って、すごいなあと思った。しっかり勉強していないと話に入って行けない。やわな神経ではいたたまれないだろうけど、その場面、見たかったと思う。

吉本に議論を吹っかけ、意見が合わず、来なくなる学者とか多士済々。そんな場面を見て育つのが教育になっていたことでしょう。

吉本は家族が騒ごうが、来客がいくらあろうが、うるさいと言わず、淡々と仕事していたそうです。うーーーむ、偉い。


でもどんな偉い人にも老いはやってくる。頭いいからって認知症を免れるわけではない。それも淡々と書いている。同居するハルノさんが親の身の回りの世話をし、ばななさんは親二人を病院の個室に入れるため、仕事をたくさん受けて金銭面から助けていたそうです。

7歳違いの姉妹はお互いを認め合い、いい関係に見えます。

なんかとてもいい本を読んだ気がする。自分の中で、ああ、こういう人だったのか、こういう家族だったのかと納得したというか。姉妹は、吉本が書くこととすることが全然ぶれてなくて尊敬しているそうです。またどこにも属さず、一個人として仕事をする姿勢はそのまま受け継がれているのでしょう。

全集は今も刊行中で、一冊6千円と高価らしい。なかなか買える値段ではないけれど、根強いファンがいることでしょう。

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「夫に死んでほしい妻たち」小林美希

2023年12月19日 | 読書

再読。

著者は新聞社勤務後、フリーのジャーナリスト。結婚、雇用などの問題を取材、執筆。著書多数。

これは2016年刊。分かりやすい題名につい買ってしまった。中身は今の社会での女性の生きづらさの実例を、著者の感想はなるだけ控えて集めている。

家庭の中、夫婦仲は傍目にはなかなか分からないもの。本音トークの数々を読んで、それぞれ葛藤を抱えて生活する様子が、面白いと言えば失礼。

自分を振り返り、これからの指針として読んだ。

初めて読んだのは60代、今は70代なので、「死んでほしい」と願う妻の気持ちがより分かるようになったのかもしれない。

新しい人ができたのならともかく、私たちの世代ではもう手続き自体が面倒。そう思う人も多いのでは。

先日の友達の話。

娘さんから「お父さん残して死なないでね。あんな粗大ごみ、私は面倒見られない」と言われているそうな。

私たち世代では慣れ親しんだ暮らしへの愛着が大きく、配偶者はその一つのアイテム。信田さよ子さんの本にもあったけど、結婚というのは制度なので、愛情がなくなっても、その制度のいいところを利用すればいい。離婚に少しでもためらいがあれば、カウンセリングに来た人に勧めない。とのことでした。

70代になって、夫への若い時からの恨みつらみを晴らしたいと思う人もいるのですが、認知症になって相手が分からなくなってからでは遅すぎる。それで、ささやかな恨みの晴らし方の実例。

夫の味噌汁に雑巾の絞る汁を入れる。

夫の歯ブラシでトイレ掃除をして元に戻しておく。

悪いことですか?

よくはないけど、そこまでされる夫の側の悪行の数々、不倫、DV、金遣いの荒さ、威張り散らすのに比べたら可愛いものだと私は思う。そのくらいのことしか女は出来ないんですもの。

そして究極は「畳の上で死なないでほしい。高級車にひかれて1千万円でも稼いで死んでほしい」と思うそうです。

私ですか?

そんなことはしないし、思いませんが、30代、連日、あまりに夫の帰りが遅く、帰宅後、日付が変わるころの遅い夕食、人の話は5分も聞かず上の空の時は結構追い詰められていましたね。

仕事だと分かっていても、さすがに温厚でおとなしい(←どこが!!)ので有名な私もキレて、お茶碗にご飯を半量、塩を思い切りかけて、残り半量部で蓋をして「どうぞ」と出す。

出した後で、「塩辛いーー」と怒ったらどうしょうと一瞬後悔したけど、平気な顔で食べていた。

どういう味覚???

上司の方は、奥様がボウルにご飯もおかずも汁物も全部一緒くたに入れて、「どうぞ~♡」と差し出して来たそうな。

猫まんまや。それほど苛酷な職場だったということで。もちろん妻たるもの、そんな夫を支えますが、感情レベルでは時々発散しないとね。

日曜日は家族でどこかへ遊びに行っても、15時頃から職場へ。帰るのはやはり深夜。

子育てを隣の姑に頼るという発想がなかったし、実親は遠いし。幸い私も三人の息子も健康だったので何とか乗り切れました。


この本では共働きの女性の大変な話が多かった。大家族で嫁姑の苦労の話は若い世代にはなかった。しみじみと時代だなと思い、どの時代にも女性の生きづらさがあるのだと思った。

終わりの方で、夫婦同姓を国が強要しているので、女性の地位が低い面もあるとの指摘。私もそうだと思う。いまだ広く家意識が抜けないのはこの制度のため。

希望する人には別姓の道をぜひ認めていただきたいもの。全員が別姓を強制されるんじゃないんですからね。反対する人は、そのような誤解に導くような言い方、していませんか。


昨日嫁ちゃんにラインしたら、13歳の孫の着物姿の写真送ってきた。

浴衣や着物が好きだそうです。

嫁ちゃんの友達の家で着せてもらったらしい。背が高くなってとてもよく似合っていた。その写真は差しさわりがあるので、2歳ころの写真を。

活発な子でした。今はしっかり者。

先日の弟の運動会では、体育館の休憩コーナーで未就学児の知ってる子、知らない子を集めてまとめて面倒見ていた。臨時の保母さん。

バババカ深謝。

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「織と文」 志村ふくみ

2023年12月03日 | 読書

先週、岡山の伝統工芸展でギャラリートークをしていた織物の作家さんは、明るい黄土色(日本の色名はあるはずだけど)の紬の無地、家紋入りの着物に、昔風の細かな柄の帯姿だった。

自分で織って自分で仕立てた着物だと、来館者の質問に答えていた。素晴らしい。伝統的手仕事の世界。

「志村ふくみ」さんに織りを習ったとのことで、名前はかねてから知っていたけど、古書のこの本をネットで買った。

元値は5千円、安く買えてよかった。大きくて重い本でした。

主に日本伝統工芸展に出品した作品を掲載。とても素晴らしい作品の数々。

すべて草木染、手織り。

余り大きくすると著作権的にまずいと思うのでこの程度で。

作品とエッセイ。

著者は近江八幡の生まれだそうで、夜の琵琶湖の湖面に明かりが揺れているさまを表現。

エッセイは心象風景を古典文学などを引き合いに書いていて、制作についての説明はありません。企業秘密?

エッセイはパスして作品の方だけ見ました。

私は織りをする人間なので、糸の種類、染料の種類、作品の縦横の長さ、筬目、完成までにかけた時間などの情報が欲しかったけど、それは今は会社組織になった工房の門をたたいて習いに行く必要がありそうです。

10人ほどの定員、試験があり、お稽古代も私立大学の授業料くらい?高いというよりも、不退転の決意で習うに適当な価格かと思います。

私みたいに、良心的なお稽古代で遊び半分以上で習っていたのではなかなか身に着きません。先生には悪いことしました。

すべて草木染めらしい。草木染と言えば地味な色合いを思い浮かべますが、きれいな色ばかり。明度はそこそこ、彩度が高い色の数々。こんなきれいな色がよく出せるものだなと感心しました。

作品作りで一番難しいのは糸を染めることかなと想像します。ある程度の量の染料が必要で、色止めがまた難しい。ずっと同じ色を保つのはよほど媒染がしっかりしているのでしょう。

不思議なことに、化学染料で染めたのとは違い、作品を自然の中においても自然の一部のようによく馴染むように思います。それを纏う人間も、自然と一体化し、昔からの手技に触れて遠い先祖からの末端に連なる感覚。

着れば心も体もリラックスするのではないでしょうか。メルカリで中古で200万円前後。これも技術と作る時間を思うと一概に高いとは言えないかなと思います。でも帯はどうする?そのほか小物も。

私が好きなのはこの二つ。

前もって糸を染め分けておく。絣の一種。

色の組み合わせが好きです。

水と草原を連想。

志村ふくみ氏は現在99歳。お嬢さんとお孫さんが織りを事業として発展させ、京都には工房とショップ、東京にも工房があるそうです。

確か、文化勲章も受賞しているのでしょうか。機織りの技術は弥生時代に大陸から伝わったと言われています。その時から原理は全然変わっってないし、平城京跡から出土した織道具も今も使えそうですが、古い技術にその時々で新しい感覚を盛り込み、織は人類の続く限り続いて行くことでしょうう。

素晴らしい手仕事に感動しました。

私は「きれいに織るだけなら伝統工芸。伝統工芸じゃないんだから」と言われていますが、きれいにさえ織れない私。。。。

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本2冊、死に方について考える

2023年12月01日 | 読書

最近読んだ2冊。

どちらも死に際しての深い話で、死ぬことが昔よりも身近になった今、伴侶の死、患者さんの多くの死を体験した人の話はとても参考になりました。

加賀乙彦、津村節子両氏はそれぞれ伴侶を失って間がない時の対談で、まだ悲しみが癒えていない語り口に、限りない愛情を感じた。文学者らしく、自分の思いと向き合いそれをきちんと表現しているので、その時の心構えも少しは出来たと思うって、夫を見送るつもりにしていますが、98歳まで生きた姑の息子、腰が痛いだけでどこも悪いところがないし、私が見送られることになるかもしれません。

もう一冊は、東大病院その他で外科医をしていた著者=森鴎外の孫が、訪問診療の現場に移り、在宅死の患者さんを何百人と見送った話。

人はどんな最後がいいのか。

たくさんの実例と統計資料、医療行政などにも目を配り、その人の希望に寄り添いながら、無理な延命治療をせずに、家族も納得いく最後を模索する話。

小堀鷗一郎医師のドキュメンタリー番組はNHKで放送されてみた記憶がありますが、映画にもなったらしい。知らんかった。

小堀鷗一郎医師ご紹介|地域医療センター|堀ノ内病院 (horinouchi-hp.com)

NHKの番組で印象に残ったのは、全盲の娘さんが末期がんのお父さんの介護をしている場面。なんか温かいものを作ってゆっくり運んでいる。

患者さんは小堀医師に全幅の信頼を寄せていて、庭の大きな柿の実が熟れたら先生に上げたいと、そればかり言っていた記憶。確か百匁柿とか言っていた。

臨終後、お父さんにお礼言わなかったと娘さんが言うと小堀医師は「親子なんてそんなもんだよ」と発言。そうなんだ、それでいいんだと私も納得した記憶がある。

わが父も末期がんで、死ぬのは家の仏壇の前と主治医に頼んでいたらしい。最後に意識が亡くなってから、「今家に帰れば楽に死ねます」と医師に言われて、その時、たまたま病室には私しかいなくて、「いえ、こちらでお願いします」と反射的に言ってしまう。私は51歳、まだ死と縁遠い年でした。

意識が亡くなる前に連れて帰れば喜んだかもしれないけど、何もわからなくなってから言われても遅すぎるとも思った。

病院、または家で死ぬのはいいけれど、搬送途中で亡くなるといろいろ大変らしい。それで医師も断念して「最後まで診させていただきます」と言ってもらえた。

その時は先生の意図が分からなかったけど、この本読んで父に強く頼まれていたのかもしれないと思い当たった。

でも治療をいろいろしている時には止めて連れて帰る決断ができないのです。家で受け入れる条件の調整がついていなかった、家族が父の思いを受けて準備していたわけでもなかったのです。

死に際しては百人百様、どれがいいかは一概に決められ無いけれど、小堀先生は一つ一つ、どうすればいいか、寄り添って考えている。そこが素晴らしいと思った。


昭和30年代初めまで、年寄りは家で亡くなるのが普通だった。

小学一年生の冬休み初日、隣のお婆さんが亡くなって、母が私を呼びに来て、亡くなったばかりの枕もとで、「白骨の御文章」を上げるように言われて、読んだことがある。手渡された和紙綴じのお経本は旧仮名遣いで読めないところもあったけど、私は家で毎晩お経上げていたので、読むふりして何とか済ませた。

祖父が仏壇にお参りすると10円くれていたのです。10円は貯金して千円になると農協に預けていたのかな。何しろ古い話です。

おばあさんには木綿のかけ布団が掛かっていた。藍色で、絵絣で、詰めかけた近所の女性は殆どが着物姿。昔は冬は着物着ている人が多かった。

冠婚葬祭、生まれてから死ぬまで節目の行事は家で。共同体が総出で行事をこなす。7歳の私も訳の分からないまま、枕元に駆り出される。

時間は逆に向いて流れないけれど、日本昔話みたいな臨終の様子を今日は思い出していた。


午前中、友達が来て話をして機織りせず。午後から風邪気味で本読んでいた。

風が強くて寒い日だった。毎年取り寄せる干し柿が今日届いた。生産者直売。20個で1,200円と激安。この時期、あいさつ代わりに人に上げるのに重宝しています。

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「日本近代文学の名作」吉本隆明

2023年11月09日 | 読書

本当に久しぶりに吉本隆明を読んだ。

毎日新聞に2000年から翌年にかけて、毎週連載していたのをまとめたもの。

亡くなったのは2012年だけど、この頃には視力が衰えていたとのこと。口述したものを記者が編集。それを本人が校正して原稿を作っていたそうです。

新聞の読者向けでもあるし、短い字数の制約もあり、簡単にそれぞれの作家のエッセンス、文学史上での位置などに触れているけれど、そこはさすがの吉本氏、無駄な部分がなく、分かりやすく、かつ深い。

この私も、難解な長い評論も昔は読んでいました。

きっかけは何だったかな・・・友達の彼氏が愛読していて、友達からもよく聞かされていたから負けたくなくて手に取ったのかもしれない。

正門周辺の何軒かの古書店には「共同幻想論」や「言語にとって美とは何か」とか、よく出ていた。

読んだわけは、男の子と喫茶店へ行って、話のタネの一つにでもというさもしい気持ち。その種のめんどくさい男子とは付き合わなければいいのですが、そこはそれ、背伸びしたいお年ごろ。

今同居している人ですか?昔も今も本はあまり読まない。クラッシックならよく聴く。心が健全な実学主義者。


久しぶりの吉本節は、枯れてこなれて大変読みやすかった。

晩年はサブカル系の人と対談して、それが本になったのが多かった。ブレイクを助けていたのでしょうか。でも弛緩した感じで、私は面白く読めなかった。水と油と言うか。もう新しいことはしたくないのかなと、離れてしまったけど、こんな地味でいい仕事もしていたんですね。

余り期待していなかったけど、近代文学の名作について過不足なく魅力を紹介していて、ほんとどは10代から20代初めころまでに読んでいるけど、また読みたいなとも思った。

次はこれを読むかな。

大阪的・・・は古書をネットで購入。

切符が挟み込まれていた。近鉄の特急券。

本町辺りにあなたはいると~♪って、本町ってどこ。大和八木は奈良県でしょうが。関西の鉄道に疎い私。東京はもっと分からないけど。

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「福田村事件」、「日本のデザイン」

2023年11月07日 | 読書

最近読了した本。

どちらも新しい知見、視点が得られました。

日本の財産は美しい国土、それに育まれた独特の感性と美意識。資源の乏しい国だけど、新しい製品、新しいイメージを世界に向けて発信できる。そう提唱する。著者はデザイナーで仕事の幅は広く、長野オリンピックの開、閉会式のプロデュース、愛知万博のポスター、企業のアドバイザー、各種展覧会の企画など工業と美術を繋ぐ架け橋としての仕事をたくさんしてきた人。

日本人の感受性は繊細、丁寧、緻密、簡潔。それを自覚することで経済も文化も次のステップに行けるそうです。

しかし、今の工業製品がとんでもないことになっているのをいろいろと知りました。人に優しいハイテクとでも言えばいいのでしょうか。

繊維、素材、日進月歩の新しい工業製品を世界に向けて発信する。やっぱりこの国は先進技術で勝負するしかないと思います。各分野はそれぞれ専門的な話もあるでしょうが、普通の暮らしている私のようなものには入門書としては最適。10年くらい前の本なので今はもっと先鋭化していることでしょう。

しかし経糸、緯糸のほかに斜めに交差する糸で織る繊維って、その織り機を見たいものです。豊田佐吉翁もびっくり。


福田村事件は、今年が関東大震災からちょうど一世紀で話題にもなり、映画にもなりました。暑くて家にこもっていて、私は見損ないましたが。

香川県から千葉県に薬の行商に行った人たちが、朝鮮人と間違われ、1923年9月6日、千葉県東葛飾郡福田村で、惨殺された事件は、私はこの映画が話題になるまで全然知りませんでした。

著者は旅行作家の文章教室で学び、フリーライターの後、福田村事件を独自に取材し、学術誌に発表、後にこの本のもとになる著作を出版。版元の倒産で絶版になっていたのが、今年別の会社から出されるという数奇な運命の著作です。

2日で読みましたが、朝鮮人、社会主義者、日本人の虐殺は福田事件だけでなく、千葉県だけでもたくさんある。それを読むうち気分が悪くなって胸が苦しくなったけど、真実を知りたい気持ちが勝って、最後まで読みました。

歴史の教科書などには民間人の一部が起こした事件と読める記載ですが、9/3には内務省が各地方の(軍隊の)長官宛に朝鮮人が暴動を起こしていると打電しています。

実際に軍隊が出て朝鮮人を捕まえたり、警察と自警団が一緒に検問したりと、公権力が積極的に関与した史料も残されている。そしてその史料は探せば今でも出て来ると言う。

そして福田村事件である。渡し船に荷車を載せるときに船頭と揉め、船頭が半鐘を鳴らして「朝鮮人がいる」と言い始めたそうな。香川県人が関東に行けば、そりゃ言葉は違う。それで殺されるなんてあんまりである。

手に手に道具を持って集まる村人。その数、数百人とも。日本人と言っても聞き入れられず、惨殺される。

行商人と言うので何となく年配の人を想像していたけど、大人は全員20代、6歳、4歳、2歳の子供に胎児まで。胎児を入れると10人の犠牲者。

後に裁判になったけど、刑が確定した犯人にはカンパが集まり、農作業も村中で手伝い、やがて天皇の代替わりで恩赦になって全員釈放されたそうです。

乏しい史料から真実を明らかにしてきた先人に加えて、著者の仕事は意義が大いにあると思う。

虐殺者を断罪するのではなく、それに至った経緯、原因を明らかにして今の時代、日本人全体で共有しなければならないと私は思う。

著者は言う。背景にあるのは朝鮮人差別、被差別部落民差別、そして職業差別。

げに差別ほど怖いものはなし。人をレッテルで判断して卑屈になったり、尊大になったりは人間の弱くて愚かな部分。そういうものをすべて取り払って、人として向き合いお互いを尊重する。それを目指したいと思う。


昨日の会はとても雰囲気がよかった。偉い先生か親身に指導してくれた。これは高校までの学校の雰囲気。目指すところは一つ。教えたい、教わりたいがかみ合った時に生まれる親密な空気。肩書全部取り払って、いいものを作りたいという目標は一つ。それだけ私が年取って素直になったのかもしれないけど。

しばらくはこの学校で頑張ります。

次に読む本。余った時間で少しずつ。

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最近の読書、病気いろいろ

2023年10月26日 | 読書

右、読んだ本。左、只今読書中。

前みたいにゆっくり感想書く暇がない。

昨日は午後からクリニック、夫に散々脅かされていたので、不整脈があるとか、いろいろ。確認のため受診。

専門医のところでじっくり検査してもらって、安心。心電図、何の問題もないそうです。

身内は診ないが鉄則。ある時までは高をくくっておざなり、ある時点過ぎたら急に自分の知っている悪いケースを考えて正常な判断ができない。

冷静な人と思ってましたが、最近、ある有名歌手が大動脈解離で急死され、「あんたもあんなになるかも知れん」と脅かす(心配してもらう)のです。

結果はノープロブレムでしたが、有名人の報道をきっかけに気になっていたところを受診するのは私の場合二度目です。

前は30年以上前、「あのねのね」の一方の人の元の奥さんが子宮がんで亡くなり、私も不正出血があったので受診。

ポリープが見つかり、その場ですぐに麻酔なしで取ってもらいましたが、子宮筋腫と卵巣膿腫が見つかり、大病院で後日手術しました。


これ、前にも書きましたが、手術日には5人が手術。

今思えば簡単な人から先に呼ばれ、時間かかりそうなのは後になるようでした。

私ですか?

4番目でした。こんなこと公開しなくてもいいのですが、読んで何かの参考になる方がいたらと思い、昔のことでもあるので書いてみます。

私は10代から生理痛のとてもひどい人でした。ずっと鎮痛剤が手放せなかった。学校出て、学校に勤めている頃は授業のない空き時間、保健室のベッドで横になっていることもありました。

保健の先生が「結婚したら楽になる」と言ってくれましたが、全然そんなこともなく、40代初めまで来ていたのでした。

手術を勧められたのはいいきっかけでした。

お腹開けてみたら、長年の子宮内膜症でお腹の中が癒着しまくり、卵巣と子宮を取り出すのに時間がかかったと執刀医が話していたそうです。

よくもまあ、そんな問題ありの器官で子供三人授かったものです。同じ日に手術する人とはすぐに仲良くなって、時間はいくらでもあるので、いろんな話をしました。50代で子供のない人は、それでも子宮を失くすことが辛そうでした。数年間は年賀状やり取りしてお互いの健康を報告し合っていました。

術後は女性ホルモンを補充。これは数年間続いたでしょうか。体調が何とも言えずに悪く、夜になるとへとへと。しばらく横になってから台所の片づけ、また横になった後で洗濯物の片づけ、と今より体力なかったと思う。

でも、あの時、きっかけがあって手術してよかったと思う。卵巣がんと子宮がんの心配からは40代前半で解放されました。術後太ったのはよろしくなかったけど、これはまあ、夫に厳しく、地球と自分に優しいこの性格によるところも大です。


今のドクターは皆さん、とてもやさしい。謙虚でこちらに寄り添ってくれる。

身近な人は、普段は「気のせいじゃろ」「よくあることじゃ」「それは困ったね」とかわし、ある時点から自分の知識を動員して心配しすぎる。今回はもんたさんみたいになるかもしれんって脅かされました。まあいいきっかけになってよかったのですが。


ブログもほどほどに。

現実社会で、自分が思うように評価を受けてないと感じる人が、ネットの社会で人に攻撃的になるのではないでしょうか。

せめてネットの世界で、人の上に立ちたいと。自分のコンプレックスを刺激する人を責めて、その人の上に立ちたがる。それができたら快感。自分は嫉妬されているとおっしゃいますが、嫉妬しているのはあなたでは?

普段の生活でそんなことをしたら自分の生活が破綻しますが、見えないところでは許されると思っているのではないですか。

私もブログをするようになり、知識の豊富なとても賢い人、とても裕福な人と出会うこともあって、素晴らしいなと思いますが、競い合おうなんて思わない。あちらはあちら、自分は自分。

まして人をやり込めようとするのは無駄なことではないでしょうか。

自我というのは三歳児にもあります。あなたが変わらないのと同じように、相手を変えようとするのも不可能。黙って離れることがなぜできないんでしょう。それで自分の毎日の暮らしに何か支障がありますか。

それは自分の世界のほとんどがネットの中にしかないからではないでしょうか。

その結果、自分の世界を狭くして、誰からも相手にしてもらえない場所へ自らを閉じ込めて行くしかないんですよね。

もしここを読まれることがあれば、ご自分のこだわりを捨てて謙虚に人と交われば、また楽しくネット生活ができると思います。とりあえずは人の悪口言わないことですね。

医療に関しては素人があれこれ発信するのは厳禁。なぜならあなたには広い知識もなく、結果の責任も取れないからです。人が言うこと聞かないからって逆切れはやめましょう。

今後心穏やかな毎日を過ごされるよう、同世代の人間として、一時は交流させてもらった者として願っています。何卒心身の健康第一にお過ごしください。

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「明日も前へ」 吉沢久子

2023年09月29日 | 読書

公民館で借りてきた。読みやすいけど、暮らしのヒントになることいっぱい。人生の先輩に教えられることは、こだわりを捨て、自分らしく生きたらそれでよしということかな。

著者は初め速記者、文芸評論家の古谷綱武と結婚後、のちに家事評論家として著書多数。ラジオ、テレビにもよく出ていた人。これは2014年、96歳の時の本。2019年101歳で逝去。

古谷綱武略年譜 | 坂井市立図書館 (city.sakai.fukui.jp)

惹かれた部分をまとめてみます。

★いい人に出会えて、自分の興味の赴くままに仕事をしてこられた、僻んだり人を恨んだりする経験に遭わなかったことはことは幸運でした。

というよりそう考えられる性格に生まれたことがいちばんの幸運。

★年取って伴侶や友人に先立たれることは寂しいばかりではありません。夫や兄弟のことをおもんばかって言いたいことを言えないこともあったけど、今は何を言うのも自由。ひとりになることは自由を得ることでもある。

★若くなければなんて思う必要はない。自然のままの年齢を受け入れ、その年齢ごとの楽しみを生きていく。

★66歳で姑と夫を立て続けに見送って、一人暮らしを始めるとはっきりわかったのは自由だということ。悲しんでも夫が戻ってくるわけではない。そう思ったら、この自由を楽しもうと決めた。それが姑と夫がくれたプレゼント、それをしっかり味わいたい。


子供さんはいなかったようですが、甥、姪との交流、友人、知人も多く、人の縁に恵まれたことが素晴らしいと思います。それは一朝一夕にできるのではなく、自分が生きてきたことへの通信簿。人によくしてもらえる人は長い間、それ以上のことを人にして来たからだと思う。

晩年、自宅で開く料理教室のテレビ番組を見たことがある。結構厳しく教えていたけれど、心の中は母性の固まりのように思う。他の本で、戦時中、出征したのちに夫となる人の家を預かり、夫の親族なども焼け出されてやってきて、厳しい食糧事情の中で、毎日食事を作っていた奮闘記を読んだことがある。

戦争中、東京で人に食べさせるのがどれだけ大変だったか。それでも淡々と食事を作り続ける。尊敬してしまう。

この本読むと、人生の達人とはこんな人を言うのかと思う。義弟に当たる人は、私が子供のころ、テレビのニュース解説をしていた故古谷綱正氏。

元気でこんな風に長生きできたらいいなと思わされました。

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「処女の道程」 酒井順子

2023年09月17日 | 読書

面白かった。女性が自分の性、出産などを自分の意志で管理することができる時代に至るまでの、近代の女性の抑圧史としても読める。

貞操観念が、ずっとこの国にあるのではなく、近代になってキリスト教が広まってから、それまでの性の習俗が古く野蛮なものとして、都会の知識層から貞操観念が広がって入ったとの指摘。

しかしこれは女性のみ、男性の貞操や純潔は問われることはなかった。

女性は産む性で、避妊の方法の未発達な時代には家の血脈を守る社会的な要請もあったのでしょうか。大奥なんて、その極端な例。

女性に貞操を求めるのは、天皇を国の頂点にいただき、家制度で国を支えた社会の反映でもあるのでしょう。

そして性も出産も、国や社会から管理された窮屈な時代から、戦後は一貫して解放される流れに。いい悪いではなく、女性が結婚以外にも人生のオプションを選択できる時代になった、性の自己決定権を手に入れることができた、それが今の時代と言うことでしょう。

40年くらい前、地元の小説同人雑誌で活動していたころ、島根県の山間部出身の人の話によると、「夜這いは普通だった。逆に年頃になっても男が来ないと娘の親は心配していた」とのことなので、その頃は今とは違う感覚だったことでしょう。

昭和40年頃、島しょ部の学校へ赴任した若い女性教師のところへ地元の男性が来るので問題になったと、聞いたことがある。もしかしたらニュースになったかも。

男性は習俗に従っただけでそう罪悪感はなかったかも。類推するに、その方が都合よく世の中が回って行く社会的条件があったのだと思う。昭和時代はその残滓。

今は女性の性を親も社会も、そして一部では夫ですら管理できない時代。何事も自己決定権を持つのはいいこと、そう思います。そのための責任感も必要ですが。

 

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「71歳、年金5万円、あるもので工夫する楽しい節約生活」 紫苑

2023年09月12日 | 読書

昨年8月の記事、再掲しました。


2022年8月

以前のブログでお付き合いのあった紫苑さんが本を出されたので、買って読みました。

今も私からはフォローしているのでたまに読みますし、内容も知っているので買わなくていいかなと思いましたが、読んですぐヤフオク出せばいいと(ごめんなさい)思い直し、本日午後、近所の書店で買い、読了。

「ひとり紫苑・プチプラ快適な日々を工夫」というgooブログを運営されています。

私が知り合ったのは2年くらい前の、まだ着物ブログだったころ。それから節約へとシフトし、参考になることも多くて楽しみに読んでいましたが、最初は東京新聞に取り上げられ、それからいろいろなメディアに登場して、今回本を上梓されたのです。

素晴らしい。

世の中にはたくさんのブログがあるけれど、ブログは無料、本は有料、そこを飛び越えるのは容易ではありません。売れる価値のある内容と出版社が認めて本が出ても、書店で手に取った人に財布を開けてもらうのもまた容易ではありません。

自慢話やまして身内の愚痴や、誹謗中傷したりされたり、などというのに値段が付くはずありません。私自身大いに反省するところであります。

内容はハウツー本の域を超え、人間にとって何が大切かという生き方についても考えさせられる深い内容でした。

また日々の暮らしの工夫もあっと驚くことばかりで、その事だけでも買って損はないと思います。

ブログでもいいのですが、読みにくいし、まとまりがなくなるし、この本はヤフオクなどに出さず、手元に置いていろいろと参考にしたいと思いました。

ブログでもいろいろ参考になったことはあります。はんぺんとひき肉で作る簡単ハンバーグ、着物の染み抜きなど、情報が役に立ち、大変助かりました。

中古の家を買ういきさつも面白かったです。何度通っても売り家の看板が気になる。見るたびに価格が下がっている。気になるので内見したら、しばらくして「すぐ買ってくれるなら」とさらなる値引き額を提示され、思い切って買ったとか。

不動産は結婚と同じで、御縁があったということでしょう。一人で快適に暮らされているようでよかったと思いました。

正直言うと5万円で一月は無理、固定費は別にして食費や日用品、雑費だけのお金かなと思いましたが、初めに内訳があり、光熱費など含めて確かに5万円で納めています。素晴らしい。

固定資産税は、家を息子さん名義にしているので息子さんが納めているとか・・・ブログで読んだ気がしますが。

我が家も自営業で、今は仕事していますが、やめた後、年金は少ないです。業界の企業年金は貯金と同じで有限ですが、年金は生きている限りいただけます。若いころは早く死んだらもったいないので余計な年金は無駄と思いましたが、今は長生きのリスクにおびえる日々。

しかし、この本読んで、やればできるんだと見通しが立って安心しました。

我が家も食事は質素ですが、紫苑さんと違うのはよく食べる夫がいて、お酒もよく飲むし、おやつや果物も大好き、食費がかなりかかっていること。それに、車と旅行が金食い虫ですね。それと冠婚葬祭のお付き合いはだいぶ少なくなったけど、子供や孫についあれこれしてしまう。

少ないお金でやりくりすると、自分にとって本当に大切なものが見えてくるという効用があるようです。著者はそれを自分軸と呼んでいます。人の価値観に振り回されない。自分の心地いいことを大切に。すっきりした生き方に大いに元気をいただきました。

今夜は夫が会合でいないので、簡単一人ごはん。

冷凍ご飯をチンして鯛のお刺身だけの海鮮丼、トマト、ズッキーニ、豚肉、ニンニクをいためたもの、納豆とオクラのねばねば和え(私が勝手に名前つけた)です。

一人で好きな番組見ながら、台所ではなく居間でゆっくり見ました。


きょうは友達と3年ぶりくらいにゆっくり電話できて、とても嬉しかった。

彼女は体調悪く、コロナもあり、ずっと電話するのを遠慮していたのですが、元気そうでよかったです。

前はもう一人の友達と三人で毎年旅行していたのに、それも2019年を最後に途切れたまま。でも私たちの縁は切れてなくて本当によかった。

高1の時隣のクラスで、こちらの学校へ来て美術部に入ったら彼女がいたのです。すぐに友達になって、それからもう55年の付き合い。うちの夫のこともよく知っているので、夫の愚痴は彼女へ。話が速い。


きょうは夏用のシャツを三枚買う。登山服のモンベルがいいのですが、体にぴたりとしすぎて暑い。近所のスーパーのスポーツウェアコーナーで。夏は何を着ても暑いけど、モンベルが私は好きです。私が育ったのか、服のパターンが細身になったのか・・・多分前者・・・とても残念です。

スーパーのバーゲン品、暑くないといいんですが。

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72歳ひとり暮らし、「年金月5万円」が教えてくれたお金との向き合い方40

2023年09月07日 | 読書

著者、紫苑。

前作も面白かったけれど、今回も参考になることが多くて一気に読みました。

無駄を省いて、あるもので工夫すれば、女性一人、生活費は5万円で済む。年金少なくても怖くない。そのノウハウいろいろ、目からうろこです。

年金生活で住居費がかさむのは最も困ることですが、幸い、中古物件を息子さんと共同名義で買い、固定資産税は月に換算すると僅かとのこと。5万円生活ができるのはそれが大きいかなと思いました。不動産は出会い。いい出会いがあったんですね。

後半は著者の略歴など。包み隠さず語る内容は小説のように波乱万丈、病気、離婚、転職・・・いろんな場面を潜り抜けて来ての今の平穏な境地があるのだと思いました。

子供さんとの関係も、節約生活を始めて良好になったそうです。明るく笑う著者を拝見すると、これからの不安な時代、生きる元気をもらった気がします。

この方とは着物ブログの時に知り合い、今もブログでお付き合いさせていただいています。時々拝見して、暮らしのいろいろ、参考にしています。

ますますお元気でご活躍ください。

 

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「わが植物愛の記」 牧野富太郎

2023年08月21日 | 読書

今、ドラマをしているので書店の目立つところに牧野富太郎関連の本をよく置いている。見つけたら買うこともある。これもその一冊。

タイトルはご本人が付けたのではなく、あちこちに書いた短文を集めてこの本を編纂した人が着けたのではと思う。

前半は半生のあれこれの短文を編年体でまとめている。

後半は、植物の一つずつ、詳しく解説。名前の間違いが多いこと、日本にしかない植物に漢字を当て、結果、本来の植物とは違うものに同じ名前がついている指摘は面白かった。

日本で梓と呼ばれるのはミズメのことだそうです。こんな木らしいです。

ミズメ、アズサ、ヨグソミネバリ|世界の木材、樹木 | 木の情報発信基地 (wood.co.jp)

中国の梓は日本に同じ木がないので、博士はトウキササゲと和名を付けて分けています。

写真はこちら

Manchurian catalpa flowers - Category:Catalpa bungei - Wikimedia Commons

ノウゼンカズラ科なので、花は確かにノウゼンカズラに似ています。ミズメとは似ても似つかない全く別の木ですね。

この木は古代の中国で良質の版木として利用されていたそうで、本を出版することを上梓と言う言葉が生まれたそうです。

知らんかったー!!!!

この年まで、深く考えずにいたので、この本を読まなければ知らないままで終わるところだったーーー!!!


そして何よりも驚いたのがこちら。

2016年6月、スペイン、バレンシャのスペイン最大規模の市場メルカードで。

6/14 バレンシアの楽しい買い物 - ブログ (goo.ne.jp)

大根がDAIKONの和名で売られているのに驚いたけど、右の真っ黒な大根にはもっとびっくり。初めは泥付きかなと思いましたが、この本の175ぺ―ジの記述によると

舶来種に黒大根と呼ばれるのがあって、根皮が黒く、博士は郷里で若い時に一度作ったことがあったそうです。

黒大根はラジシ(=ラデッシュ)の一変種で日本では珍しいと博士は書いていますが最近では少しずつ普及しているようです。

黒大根/黒長大根/くろながだいこん:旬の野菜百科 (foodslink.jp)

黒い大根・・・これはインパクトあるわあ・・・中は普通に白いそうです。


日本のダイコンは、遠くヨーロッパに起源がある野生のラディッシュが西域、中国と伝わり、日本でも品種改良されて大きくなったもので、ラデッシュと種は同じなんだそうです。

上の写真で考えると、極東の果てまでやって来たラデッシュの子孫は、その名前を原産地で使われるほどに立派になったということでしようか。

また浜辺で見るハマダイコンは、ある時期に栽培していたのが逸出して野生化したもので、浜辺で紫の花が咲くのは元の性質を反映しているのではと、博士は類推しています。

ハマダイコン。2011年5月。山口県角島で。

山口の旅 - 日記 (goo.ne.jp)

最近では、園芸種として紫の花がきれいなムラサキナバナをよく見ます。

今年3月、東千田公園(広島大学跡地、大学機能の一部は残る)で。


植物と名前の関係、博士の知識に驚くばかりです。大言海などの辞書にも間違いが多いと嘆いています。

いちいちを紹介しないけど、大いに蒙が啓かれた本でありました。大変面白かったです。

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「60歳すぎたらひとりを愉しむ100のこと」 宝島社

2023年08月16日 | 読書

このムック本もシリーズになっているようで、「やめて幸せになる」のと「始めて幸せになる」に続いて三冊目を読みました。

面白かった。60過ぎたら仕事も離れ、子育ても終わって自由な時間がたくさんあるはずなので、固定観念から離れ、できなかったことを遠慮なくやりましょうという提案の数々。参考になりました。

まずは一人旅の勧め。

賛成です。昔ほど、女性の一人旅に偏見はないと思います。男女を問わずこうお一人様が増えた時代に、二人以上でないと泊まれない宿はいずれ少数派になって行くはずです。

今は女性も仕事をして、外回りや出張もこなすので、一人ごはん、一人での宿泊も抵抗ないと思いますが、私たちの世代だとまだまだ慣れない人もいるかと思いますが、この本ではまずはおひとり様限定のツアーなどに参加してはと提言しています。スケジュール組むのが面倒な人はそれもいいでしょう。思い切って非日常の中に出て行ってみる。新しい発見があり、生きる元気が出てくることでしょう。


私の一人旅デビューは末子が大学ヘ入って、上二人は社会人になった2002年から。お弁当作りからも解放され、気軽に家を空けられるようになったのが大きいです。

末子(三男)は京都の大学へ。男の子の常として、長い休みにもほとんど帰らない。幸い落研部員だったので、寄席の日程に合わせて上洛、息子の芸を見たのでした。

自動車部にも入って、親に相談なく中古車を買い、未成年なので登録に親の実印が要るといきなり言われ、京都の陸運局に一緒に行ったこともあります。

息子が京都にいた6年間はよく上洛し、その頃はまだ一人で泊まるいいホテルがあまりなかったので、いろいろな宿へ泊まりました。

妙心寺の塔頭とか、京都大学の楽友会館、祇園や西陣の片泊まりの宿などが印象に残っています。

楽しかったなあ~500円のバス一日券でどこまでも行く。第二の青春でした。

たまに食事によった店で、着物姿のマダム数人のグループと遭遇すると、こちら登山服、リュックで居心地悪かったけど、自意識はそんなときはちょっと押さえておく。

京都ではあからさまに客を選ぶ店もあるので、そういうところへはこちらからも近寄らない。

コンビニのおにぎりを平安神宮の鳥居の先の公園で食べる。いゃあ、質素やなあ。でも楽しかった。


この本では夫が煩わしくなればホテルに避難してのんびりする。とあります。

そうなんだあ。私は煩わしい時のために、マンションを買うか借りるかしたいと思っていましたが、毎回違うところへ泊まる方が気分が変わっていいですよね。

家から出た先がまた自前の住まいなら、掃除もしないといけないし、費用はかさむし。そこもまた日常になって飽きるし。

時々、家を空けた方が、居ないことに家族も慣れるそうです。

少し前まで、泊まるなら和風旅館と思っていましたが、同じ値段でも千差万別、今は新しくできたホテルの方がうんと泊まりやすいと思います。

温泉もついて、食事も和風旅館のように美味しい、部屋はベッドで、夫や友達と行っても一人ずつの部屋。今はこれに落ち着きつつあります。

今年の5月に行ったダイワロイネットホテル奈良はとてもよかったです。一人旅の女性も見かけました。夜、ホテルのレストランで一人で食事していました。堂々としていればいいんです。誰も気にしていないから。


人間関係も嫌な人とは無理して付き合わない。そうですね。嫌な人に合わせるくらいなら、一人でどこへでも行った方が気が楽ですよね。

他にもこの本にはいろいろな提言がありますが、嫌になっても慌てて離婚しない。(ほかに夫以上の男性がいる場合は別)仲良し別居して、困った時は助け合う、と言うのもあります。なるほど、これですね。

私はなるだけ夫に家事をしてもらうようにしています。

もし私がいなくなった時、好きなものも作って食べられなかったら困るのは自分だからと言っています。

女性は一人になると家事が楽になりますが、男性は慣れておかないと人生の最終章が大変です。

結局はあらゆる面で自立すること、年取って自由と引き換えに責任も引き受ける。その覚悟でいれば残りの人生は楽しそうです。

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「ハンチバック」 市川沙央

2023年08月14日 | 読書

今期の芥川賞受賞作。作者は子供のころから筋肉の形成不全の病気になり、日常生活に不自由がある。夜は人口呼吸器を装着して寝るそうで。

学校は10歳の時に就学猶予、要するに学校に来るなと言われて、以後独学。現在40代初め。

そういう作者の書く作品はどんなものか、読む前から興味があったけど、大変に優れた小説で、読む自分の世界も広がった感覚がある。

主人公は作者自身を反映した、重度の障がい者。親から莫大な資産を受け継いで施設に暮らし、ライターとして社会とつながっている。

主人公の願いは人並みに妊娠して、出産は無理なので中絶するところまではしたいというもの。ヘルパーの若い男性に、男性の身長一センチにつき100万円支払うのでどうかと提案する。

この辺りはネタバレになるけれど、健常者には何でもない、性交にも至らない接触で、主人公は死にかける。退院して部屋に戻ると、男性は退職していて、渡したつもりの巨額な小切手はそのまま残されていた。私のこと、憎んでくれていいから。最初から何もなかったことにだけはしないでほしい。主人公の心からの叫びである。

人のプライドとは何か、考えされられた。どんな姿になっても生きること、そこにこそ人間の尊厳がある、本当の涅槃があると主人公は考える。自分はまだそこには至ってないと。

これは、この先、介護を受ける可能性もある私の支えにもなる一文だった。誰もが年取ると若い時と同じようには出来ない。それでも生きていけばいい、そう励まされた。

末尾では、病気にならなければあったか知れない別の人生を想像する。想像はするけれど、作品の中では等価である。作品の中では主人公は自由に生きられる。そこに読んでいて大きな救いがあった。

この硬質の作品は、健常者からの鈍感な同情を一ミリたりとも受けたくない主人公の思いが、そしておそらくは作者の意志が貫かれている。見た目の違いなど些細なこと、人として私はこう生きている。それを知ってほしいという思い。

それを受けて、健常者はどう考えるか。さあ、どうかと胸元に匕首を突き付けられたような読後感。

うーーーむ、深い。芥川賞を全部追いかけているわけではないけど、ここ10年くらいの間では一、二の傑作と思う。

これからどんな作品が展開されるのでしょうか。健康に気を付けて、希、ご健筆。

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「教養としての芥川賞」 重里徹也 助川幸逸郎

2023年06月30日 | 読書

私は寝る前に本を読まないとどうしても眠れない人で、その夜に読む本がないと本当に困るのです。旅行も軽い文庫本必携。それで眠るまで明かりをつけるので、できれば一人部屋で。

いつの頃からこうなったのかなあ。

20年以上前、自分の身内といろいろあって重度の不眠症になってからかな。あの頃は睡眠導入剤が手放せなかった。今でも、眠る前に一瞬、眠れるかなあと心配している。なるだけ込み入った話の本がいいので、今回はこちら。

私の能力では込み入ったと言ってもこの程度ですが。


本屋へ行く時間がなくて、左の本は近くの公民館で借りてくる。

知らない出版社、知らない著者。全然期待してなかったけど、とてもいい本でした。

石川達三から2020年の宇佐美りんまで、その時代をよく表した23の作品について、文芸評論家と日本文学研究家が対談している。

芥川賞の作品はその当時話題になることが多いけど、時代を経て見れば、より深くその時代が理解できるのだと思った。

また選考委員は新しい文学を世に出すために、自分の文学観を掛けて真剣に選んでいる。その論評については全部触れているわけではないけれど、選考委員もまた自分のレベルを後の世に査定されている。

村上春樹の「1973年のピンボール」は受賞を逸したけれど、大江健三郎と丸谷才一、他一名が評価し、世界文学の中で作品を位置付けているそうで、学識と教養のなせる業だろうと。

この辺りが読んでいて快感。この本にはこんな場面が度々出てきて面白い。

妊娠した姉にグレープフルーツを食べさせて、奇形の子を産ませる妹の悪意を書いた作品に、三浦哲郎が小説以前のこととして拒否反応を示したのが、記憶に残っている。

妊娠初期、染色体異常を引き起こした原爆の影響なども知っているけれど、こういう話は読むと辛くなる人もいるので、難しいところです。

「三匹の蟹」に不倫はよくない、真面目に外国暮らしをしている人もいるなんて言った選者がいたと記憶しているけど、今から考えると何とも。

と、私自身もその時々の読書体験を思い出した。最近のは読んでないですが。


借りた本なので返さないといけないけど、自分用に買うかも。

右は昨夜から読み始めた本。写真は一度に二冊取ると手間が省けるという横着ぶり。

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団塊の世代

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