日記

日々のあれこれ
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高原の風

2006年07月31日 | 旅行
深入山のギボウシの群落。数年来の念願がやっと果たせた。

五年前の七月初め、宇品自然観察会「しいの実会」の会員数人で行ったことがある。

バスで簡単に行ける深入山にしたのは、当時代表だった長井氏もぜひ参加して欲しかったから。
長井氏は前年に食道がんになり、そのころは入退院を繰り返しながらもう高い山へは行けなくなっていた。
「麓を花を見ながら歩くだけでいいから是非行きましょう」と誘ったが、「みんなに迷惑かけるから」と固辞された。グループで山を歩く時の心得を教えてもらったのは、あとのことを考えていたのだろう。

九月一日に長井氏は亡くなった。家族のいない人で、ご兄弟からの連絡で会の資料を取りに主のいなくなったアパートに伺った。
事前に渡していた深入山の資料も残っていた。何でもっと強く誘わなかったのかと悔やんだが、他人の私には立ち入ってはいけない領域だったのだろう。

一期一会。山は変わらず、季節になれば花は咲くけれど、同じメンバーで同じ季節に再び行くことは決してない。不動の山を見るたびに人の縁の不思議さをしみじみと思う。
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虫たちの短い夏

2006年07月31日 | 暮らし

昨夜、12時頃、庭で「ジジッ」と短いセミの鳴き声が。
夕方から羽化を始めたクマゼミが、めでたく成虫になった産声のようだ。

今朝の八時、お隣のキンモクセイの枝にとまって「シャアーシャアー」と声を限りに鳴いているクマゼミの姿。これからお盆までにメスを見つけて交尾して、子孫を残して死んでいく。
セミにとっては短くも忙しい半月間である。

15年前に切った二本のセンダンには、毎年クマゼミが来ていた。今も毎年庭でセミが羽化する。自然の不思議。
息子達が羽化しかけたセミを飼育ケースに入れ、「がんばれ、がんばれ」と掛け声をかけていたが、セミにすればありがた迷惑?

昼前見るとセミはもう姿がなかった。
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夏の高原

2006年07月30日 | 旅行
ユウスゲとオオバギボウシ、山の稜線、空と雲、草原を吹き上がってくる風。
夏、これ以上の幸せはあるだろうか?

友達と二人で安芸太田町の深入山へ。全山、夏の花が満開。
梅雨明けからお盆頃までが花の見頃です。
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被爆証言集完成 みなさん有難う

2006年07月29日 | 広島案内

一年がかりで準備した被爆証言集・・・遺言「ノー・モア・ヒロシマ」第3集を本日無事発刊、発送しました。
ホームページを通じて応援してくださった多くの方々に深くお礼申し上げます。
明日以降お礼に伺いますが、取り急ぎこの場でお礼申し上げます。

カンパを下さった方々には個別にお送りいたしました。まだ残部がいくらか残っていますのでご希望の方には送料実費でお送りいたします。

また各地の図書館にも配布しましたのでご覧下さい。

配布リスト
http://homepage2.nifty.com/hiroshimaaozora/3haifulist.htm

何を今さら被爆証言という声を地元広島でも聞きますが、私はこの活動の他に広く各地、各国の戦争体験も勉強し、広島の体験がもっと拡がるようなやり方を考えていきたいと思っています。

また個人的にはお年寄りの話を聞くのは大変面白いということもあります。
これからも微力ですが、活動していきたいと思っています。

写真は送り状を一冊ずつに挟み込む作業。
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カラスウリ

2006年07月29日 | 暮らし

話すきっかけは何だったのか。余りに昔のことで忘れてしまった。
元々は私の友達のボーイフレンドの一人だった。

電車の始発駅の構内。時間きっかりに約束のコーヒースタンドに行くと、その人はもう先に来て待っていた。
そのシャツの白い背中を今でもきのうのように思い出す。

そのあとたくさんのことがあったが、あの始まりの夏の日はいつまでも特別に輝く日。

18歳、私はもちろん大人のつもり。
花柄の木綿のワンピース、籐のバッグ、パール色の靴。

林縁に見られるつる草。秋の初め、赤い実をつける。白いレース状の花が涼しげ。
こういうマント植物は人間でいえば衣服のようなもの。森の環境を一定に保ちます。
やたら整理しないようにお願いします。

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藪茗荷

2006年07月28日 | 暮らし

死ぬまでお嬢さん気分の抜けない叔母だった。農地解放を免れた三反の田圃をするのが嫌いで、近所の人に作ってもらっていた。1960年頃にはもう車を持ち街へよく出かけていた。仕事命の母はこの叔母をよく言わなかったが、叔母はお洒落していつも楽しそうだった。

叔父は教師で、家に行くとたくさんの本があった。
離れの一室が書斎。壁面いっぱいに本があった。好きな本を好きなだけ持って帰っていいと言われた時のうれしさ。

縦長の窓、ゴブラン織りのカーテン、丸いテーブルと布張りの椅子。窓から見える庭の木々。さわさわという風の音。弟達と従弟が遠くの部屋で遊んでいるが、そこまではやってこない。

本は皇国史観の歴史書が多かった。学校に置いておけなくなったのだろう。
家はなく叔母ももういない。でも夏になると、あの静かな書斎を思い出す。


藪茗荷は林床の薄暗い場所に群落を作ります。地味な花ですがたくさん集るとけっこう存在感があります。
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ハマユウ

2006年07月28日 | 暮らし

元宇品小学校から急な石段を海に向かって降りる。
途中の畑越しに観音寺の庫裏が見える。江戸時代創建の本堂はだいぶ前に火災で焼失。

ハマユウにカラスアゲハが。畑にはキュゥリ、オクラ。緑濃く、空は青い。
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野萓草(ノカンゾウ)

2006年07月27日 | 暮らし
元宇品で。林の中の鮮やかなオレンジは夏の色

一番好きな季節は梅雨が上ってからお盆が終わるまで。
いつもこの季節は楽しいことがいっぱい。懐かしい人にも会えるし。

子供の頃、八月初めの祖母の祥月命日に合わせていつも母親の実家へ行った。

バスの終点、一軒あるよろず屋、長い道を辿って着く藁葺き屋根、鳥小屋、牛小屋、井戸、溜池で泳ぐ地元の子、蓮、カンナ、ミソハギ、桔梗、おみなえし、葛、セミ、かまきり、バッタ、キリギリス。

谷筋の奥の数件の農家、青々とした水田、尾根を一つ越えた親戚、もう一つ越えた別の親戚、歩いて歩いて遊んで遊んで、朝のラジオ体操は一時間も谷筋を上った農家の庭先。
ニワトリ、牛、働く大人、遊ぶ子供。

目に見えるところが全部遊び場だった。見えるのは山と水田の緑、空の青、空を写す池の色。遊んで遊んで、また遊んで、それでも時間は無限にあった。
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浜昼顔

2006年07月27日 | 暮らし

見かけによらず、ツルはしっかりしているがちぎって持ち歩くうちにたちまちにしおれた。器と一緒に写真をとるつもりだったのだけど。

先日、久し振りに電車に乗ると冷房の余りのきつさにいっぺんで具合が悪くなった。

強い日差しの下、汗を流しながら歩くと気持ちがいい。
好きな場所は旧国鉄宇品線横の引揚者住宅。
長屋、板壁、プロパンガスのボンベ、空き地のカンナやカボチャ、線路の柵が夏草に埋もれ、古い呉服屋の看板が。電話の局番はもちろん一桁。

束の間の時間旅行。
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笑ってしまうが、やがて腹立たしく恐ろしく・・・

2006年07月26日 | 歴史、社会、家族
特別攻撃隊「伏龍」というのだそうで。(岩波新書/「戦争で死ぬ、ということ」より無断抜粋)
戦争末期、海の底に潜んで敵の潜水艦を竿の先につけた爆弾で攻撃する!!本気かいな?

体験者がこの絵を高校生に見せたところ、大笑いされたという。そりゃそうだ、こんなもので潜水艦と戦おうなんて、ギャグ漫画じゃあるまいし。

効果のほどは、敗戦後資料を焼却したので不明とのこと。たぶん一艇も沈められなかったのでは?
装具は不良品も多く、訓練中に毎日のように犠牲者が出たと本にはある。

戦争は狂気ですね。本気でこんなことをして、人一人の命を何とも思わなくなる。
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水辺の花

2006年07月23日 | 暮らし

梅雨がいつまでも明けない。
きょうも山へ行くつもりだったが、梅雨前線が北上とのこと。
山野草の写真を撮りたいのに。。。。

広島パセーラのたぶん五階、テラスにある人工の池の花を撮ってみた。
雨よ上れ!!
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LIVING HIROSHIMA (生きている広島)

2006年07月22日 | 広島案内
県立図書館二階の公文書館で、LIVING HIROSHIMA(生きている広島)と題する企画展開催中。
1949年5月、広島で発行された戦後初の本格的グラフ雑誌の資料である。
被爆から復興する町と県内の観光地などを紹介。
しかしまだまだ瓦礫の残った空き地が多い。

「アイオイ橋の曲がった橋縁に立つ親のない兄弟」いう写真に泣けた。
瘠せた手足、下駄履き、それでも笑顔を見せるけなげさに男の子三人を育てたオバサンはただ泣けるのである。

この二人はもう70歳前後?幸せな戦後を歩んだのだろうか?
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2006年07月22日 | 広島案内

シャワシャワ、ジャワジャワ、ジョボジョボ、シューッ(涼)広島平和公園

水着であの噴水に打たれたら涼しいだろうなあ~~、怪しげなおばさん即逮捕か?
向こうの中国新聞から記者がすぐ駆けつけるかも。

各地水害の被害が。被災者の皆様、お見舞い申し上げます。広島は暑いです(汗、、、)
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夏の花

2006年07月21日 | 暮らし
きのう、今度出す証言集の間違いを発見。完成まであと九日。ダメモトで連絡すると変えられると言う。よかった~~。
神之瀬発電所を神野瀬発電所に変更。たったそれだけのことでも間違ったままはとても気持ち悪いから。

市の予算が下りる決定が出たのが6/16で、事務用品の領収書はそれ以後のものだけ認められることに今年からなった。冗談でしょ~~、その時点では原稿もそろい最終校正に入っていた。
仕方ないので、また店を回り日付を書き換えてもらうことに。快く応じてくれるところとそうでないところと。ホームセンター「ダ○キ」は融通が利かない。今度からもう買わんけんね。ムカッ。

デオデオの帰り、近所の市場で一束105円の花を買う。農家の庭先に咲くような夏の花。
夏、田舎の親戚に行った幸福な思い出がよみがえる。
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2006年07月21日 | 広島案内
宇野千代生家で。仏頭は後から置いたものと思う。
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団塊の世代

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