暖かくなりました。午後から外出。
こちらです。フェニックスは菰巻き中。
今は公園に。元は広島大学東千田キャンパス。
東広島へ統合移転の後は、二部と通信制が残っています。
メタセコイヤと旧理学部一号館。
もうすぐ咲きそう。
もう咲いている。ムラサキナバナ。
高層マンション。
コンビニもあります。
ビオトープは公開空地になっています。
大学時代のアメリカフウの並木はそのまま残っています。
あちら旧理学部一号館。
古色。戦争中は中国軍管区本部が置かれていた。
掲示板?
倒れないように。
塗装なし。釘で止める。
一部広場に。
若いお母さんたちが小さなテントを張って子供を遊ばせていた。
春到来。
桜。
高層マンションができて7年。
外が気持ちいい季節。
日赤付近。北京亭といづみ書店。
いづみ書店は小売りを止めて卸だけらしい。
あおぞら薬局の場所は喫茶店があった。割烹着のママさんがおいしいコーヒーを出していた。建物は同じだと思う。
日赤の入り口は南側に移動。こちらは救急車の入り口。
姑が腕を骨折して手術したのは2015年秋。92歳の時。
あれから8年目を迎える。
退院後はまだ歩けたし頭もしっかりしていたけど、間に合わないことが多いのでオシメに替えてもらった。
本人にしたら不本意だったと思う。自分でオシメを買いに行ってたけど、恥ずかしそうだった。
老いを受け入れる・・・誰しも難しいことです。
最後は要介護度4で自宅で介護していたので、市からの補助が毎月2万6千5百円分?(詳細失念)あり、助かった。お金もさることながら、ひと月分まとめて配達してもらえるのがとても助かった。
短歌、染色、読書、花づくりなどが趣味の人でした。花はお茶花のような清楚な花が好みでした。
若い時の写真見たら、女優の木暮美千代みたいな顔。
「お義母さん、若い時きれいですねぇ」と言ったら「若いときは誰でもきれいでしょ」と言われた。いえいえ、誰でもというわけではありません。と密かに思う私でした。
機織りはあと少しで停滞している。
終われば遊びたい。あちこち出かける予定。
今年の春は、確定申告、マイナカードの受け取り。
水彩画の合同展と機織りのロビー展。
別件で機織り作品の応募。東京へ送る。落選予定。
友達とワカメ採り。ナマコとギザミ(標準和名はキュウセン)もいたら少しだけ獲る。
50周年の行事少々。
友達との旅行。などなど。久しぶりに忙しい。
マスクは取りたいけど、お化粧がめんどくさい。いっそ、顔全体を隠すマスクを推奨してくれないものでしょうか。もう人に顔を見せたくない。夏のシミの予防にもなるし。