水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第六十七回)

2010年09月01日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第六十七回
 木枯らしが吹き始めたのは丁度、この頃だった。流石(さすが)に背広のみでは肌寒く、コートを羽織ることにしていた。
「あら! いらっしゃい。お見限りねぇ~~」
 多毛(たげ)本舗の新製品『団子っ娘』に端を発した俄か景気で多忙となり、久しく行けていなかったみかんへ寄った。ママは珍しく奥からは現れず、私がドアを開けた時は、すでにカウンター前に立っていた。私は一人で来た時のいつものワンパターンでカウンターの決まりきった指定席へ腰を下ろした。無論これは、私が勝手に指定席と思っているだけであって、みかんが決めてくれたものではない。ボックスには他の客が二人いた。店内は賑やかなカラオケが流れていた。その客の一人が有名な演歌曲を熱唱していた。決して上手い…とは云えないが、下手なのか? と聴けば、そうでもない。まあ、当たり障りのない並だな…と思いつつ、ママの顔をチラッと見た。幸いこの日も顎髭(あごひげ)の剃り残しは認められず、私はホッとした。早希ちゃんは二人の客に付いてボックスにいた。
「ママ、いつもの…」
「はい…」
 ママはこの日も慣れた手つきでダブルの水割りを作り始めた。香ばしい焼きスルメの匂いがした。今日のつまみは、これか…と思った。日本酒に合いそうなのだが、マヨネーズを絡めると、妙なことに水割りには合った。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第十一回

2010年09月01日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第十一
 夜風にもすっかり秋の気配が色濃く漂っている。それに、暮れ泥(なず)んでいた陽が西山の一角へ没する時刻も、随分と早まったように左馬介には感じられた。夕餉を食べ終えて片付けが済む頃には、もうとっぷりと漆黒の闇が訪(おとな)っているのだった。
 毎年のことだと云えばそれ迄だが、今年の秋は例年とはどこか違った。野分が来襲したこともその一だが、何か不吉な凶事が続いていた。瓦鳶の篠屋による土塀瓦の修繕も済み、割れた木戸も新調された。請け負った大工の又五郎は鰻政の主人、政次郎の末弟で、鰻政の近くの長屋に住まいしていた。大工だけの稼ぎでは食っていけないという事情もあり、鰻裂きの手間仕事を鰻政から貰っていた。どちらかといえば、鰻裂きの手間仕事の方が一年を通すと大工の手間仕事より身入りが多かった。鰻政は師範代の長谷川が鰻好きということもあり懇意にしているのだが、そうした伝(つて)もあり、木戸仕事を頼むことになったとも云える。今朝は、その又五
郎が手間賃を取りに早速、道場へ寄っている。
「手間は三百がとこで、ようございます。総じて、一貫文も頂戴すれば…。材も高値が続いてますもんで…」
 方便の付け値か誠の付け値かは別として、一貫文を道場から、せしめようという又五郎の腹である。


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