水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第八十回)

2010年09月14日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第八十回
これは全く予想外の展開で、これでは大玉と小玉の関連は…などと小難しく考えている雰囲気ではない。加えて、カラオケの音量が、けたたましく、耳障(ざわ)りなくらいだ。当然、ママや早希ちゃんと語らう機会もないだろうと思え、多くの客で、ごった返す中、私は早々に帰ることにした。結局、この日はママに頼んで作って貰ったコーク・ハイを一杯、飲んだだけだった。
「また、来ます。お勘定、この次に回しといて…」
 小忙しく手を動かすママへの気遣いで、そう声をかけ、私は店を出ようとドアに向かった。
「悪いわねえ。また、お近いうちに…」
 手を止める余裕もないほどのオーダー対応を余儀なくされているママだが、ほんの束の間、手を止めてニコッと笑ってくれた。こういう小さなサービスが顧客を掴(つか)んで離さないのだろう。私はここでも一つ、商売の有りようを勉強させて貰った気がした。
 こうして、この一日は流れ去り、いよいよ歳末商戦の師走に突入していった。みかんでの確認の機会を逸した私だったが、実は他にも目的はあり、訊ねたいと思っていたのである。沼澤氏とは、ここしばらく出会わず、胸襟を開くチャンスに恵まれていなかった。氏に出会ったなら、会社のことも玉のことも洗い浚(ざら)い話して、今後の対策や心構(がま)えなども訊きたい、と思っていたのである。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第二十四回

2010年09月14日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第二十四
「どうかされたのですか?! 左馬介さん」
 鴨下から鋭敏でやや大きめの声が飛んだ。
「いやあ、どうということは有りません…」
 左馬介は取り繕おうとした。幸いにも、痛みは一時的なもので、箱膳を下ろすと同時に和らいでいた。だから、言葉はまんざら嘘でもなく、隠すほどのことでもなかった。
 鴨下とは違い、長谷川は流石に師範代だけのことはあり、左馬介の手先を見つめていた。
「左馬介! 指ても怪我をしたのか?」
 そう朴訥に訊かれ、左馬介はやや躊躇した。
「…はい。しかし、そう大したことは…」
「ほお…お前が怪我をするなど、珍しいな」
 そう云うと、長谷川はニタリと笑った。久しぶりに見る意味ありげな笑いであった。それは取り分けて左馬介に対して下心を抱いて、
という大仰なものではない。剣の道で左馬介には到底かなわないと分かっている長谷川だから、左馬介の弱点を知りたいと思う意味あり気な笑いの筈もなく、単に左馬介が怪我をした訳を知りたいと思えた好奇心によるものだった。
「少々、身体を鍛えておったのですが、不覚にも…」


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