水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第六十八回)

2010年09月02日 00時00分00秒 | #小説

   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   
    
第六十八回
 盛り上がっているのはボックス席の三人である。『なあ、早希ちゃんも唄えよ』、『あら、そう~お? じゃあ、唄っちゃおう…』などという声がカウンターまで響いて聞こえた。おっ! 早希ちゃんの唄か…、こりゃ久しぶりだ、と思えボックス席を見ると、早希ちゃんが選曲した番号を入れているところだった。姿勢を元に戻して何げなく酒棚を見ると、例の玉は同じ位置にあったが、その夜は異様な渦巻き状の光は発していなかった。丁度、ママが立つ位置のすぐ後ろだったから、ママの動きに連れ、チラチラと玉は見え隠れしていた。その時、カラオケの曲が変わり、新たな前奏曲が流れ出した。私がふたたびボックス席を窺(うかが)うと、早希ちゃんがマイクを握った。これは…と、耳を欹(そばだ)てた時、ママが私の耳元で囁(ささや)いた。
「沼澤さんがね、昨日(きのう)いらしたわ…」
「えっ! そうだったんですか? で、何かおっしゃってました?」
「それがね、…まあ、聞いてよ」
 私は早希ちゃんの唄とママの話を同時に聴いて聞く破目に陥ってしまった。早希ちゃんが唄い始めた。演歌とは云えないが、それでも彼女なりに客嗜好(しこう)に精一杯、合わせたような静かな曲である。これなら二人の客連中も機嫌を損ねることはなかろう…と思えた。
「満君のことを云ったのよ。そしたらさぁ~」
「えっ? ええ…」
「ちゃんと聞いてる? …終わってからにするわ」
 ママは幾らか膨(ふく)れぎみの口調でボックス席を見た。


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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第十二回

2010年09月02日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第十二
確かに、ここ最近の物価の高騰は眼を見張るものがあった。鴨下には任せておけないと思えたのか、応対する鴨下の横へ長谷川
が出張ってきた。
「ほおー、一貫文ですかい…。思ったより高うございますなあ、又さ
んよ」
 下手から舐め回すような鋭い視線で、長谷川が又五郎に釘を刺す

「嫌ですよ、長谷川の旦那。貧乏人を苛(いじ)めなすっちゃいけま
せんや…」
「いや、悪い悪い、又五郎。冗談、冗談だ」
 態度を急変して、長谷川が大笑いしながらそう放った。その言葉
に少し安心したのか、又五郎は幾分、語気を緩めて、
「でしょうな。いや、正直なところ、掛け値なしの催促なんでござい
ますよ。そう大した儲けもないようなこってして…」
 と、首筋を掻きながら真顔で云った。最初から払うつもりだったのか、長谷川は胸元へ手を忍ばせる巾着を取り出した。そして、その中から一分金を二枚、また取り出すと又五郎の眼前へ差し出した。
「へえ、そゃもう…。有難う存じます…」


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