水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第六十九回)

2010年09月03日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第六十九回
早希ちゃんは、なかなかの美声で唄った。瞬く間に唄い終え、客二人から、やんやの拍手喝采である。その賑やかさが私のいるカウンターまで伝わってきた。こちらはママとお通夜だった。お通夜な場と披露宴な場…。どう考えても私の場の旗色は悪かった。
「終わったようね…。で、さあ~」
「えっ? はい!」
 久しぶりの早希ちゃんの美声に聴き惚れ、ついママの話を忘れてしまっていた。全くもってママには失敬千万な話である。
「まだ、そんなのは大したこっちゃありません、って云うのよお~」
「何がです?」
「困った人ねえ。だからさあ、さっき云ったじゃない。あなたの会社のこととかさあ~」
「ええっ! よく知ってるなあ~ママ。会社のことは知らない筈(はず)ですよ。だって、しばらく寄ってないんだから…」
「えっ? 会社でまた何かあったの? そうじゃなくって、私が云ったのは接待がチャラになったって話」
「ああ…その話ですか。驚くなあ~、いや、参った参った」
「あら、いやだ。こっちが参るわよぉ~。それにしてもさあ、何かまたあったの? 会社」

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第十三回

2010年09月03日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第十三
 又五郎にすれば御の字の一分だから、愛想よく受け取った。一貫文の嵩や重さもなく、催促分は頂戴出来たのだから文句のある筈もなかった。その一部始終を左馬介は衝立(ついたて)の後ろから眺めていた。その位置は、大男の神代伊織が案内役として入門した左馬介を最初に待ち構えて寝ていた所だ。ふと、その光景が左
馬介の脳裡を掠(かす)めた。左馬介は神代のように寝ての姿勢ではないまでも、胡坐(あぐら)をかいて聞いていた。
「それじゃ、どうも。またお願いしやす!」
 又五郎は一つ大きくお辞儀してそう放つと、外へ出ようと長谷川、鴨下に背を向けた。
「おう! 兄貴の政次郎に宜しく云っといてくれ。又、寄るってな」
「へいっ、分かりやした!」
 チラリと振り向き、また一つ小さくお辞儀しをすると、又五郎は道場を去った。それを機に、左馬介も立ち上がり、衝立(ついたて)から奥へと消えた
。そんなことで、二人は左馬介が衝立裏に隠れていたとは全く気づく由もなかった。
 左馬介は稽古場へ入ると、いつもの形(かた)稽古を始めた。未だ長谷川と鴨下は現れない。十人ばかりの大(おお)人数で稽古をしていた時分は、麻は打ち込みや掛かり稽古と相場が決まっていたが、今の三人体勢となってからは決めがなくなった。
 


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