水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第八十一回)

2010年09月15日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第八十一回
チャンスが巡ってきたのは突然だった。ぽっかりと空いた奇跡の一日、といっても過言ではないだろう。こんな師走の繁忙期に休日出勤をしなくてもよいとは、何と幸福なんだろう…と思えた。身体を休養できる、というだけでは、むろんない。そこには当然、大玉、小玉の確認をみかんで出来るという存念が含まれているのだった。私は満を持してみかんへ向かった。しかし、この前の晩のような、ときめきはなかった。というのも、心を昂(たかぶ)らせて店へ行ったとしても、多くの客でごった返していれば、この前の二の舞だ…と、心が自然と諌(いさ)めたのだった。
 が、すっぽりと繁忙期に一日の空白が生じること自体、私が入社後、知る限りでは有り得ない事実だったから、何とはなしに幸運が見えないながらも少しずつ自分を包み始めているのでは? と、思え始めていた。そんな訳で、めったなことでは電話しないママへ昼過ぎに電話をしていた。むろん、朝早くだと睡眠妨害か…と考えた。お水の世界独特の時間感覚を考慮に入れたのである。その発想は的中し、すんなり電話は繋(つな)がった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第二十五回

2010年09月15日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第二十五
「手先を傷めるとはな。いったい何をしておったのか、さっぱり分からんが、まあ、大事なければ、それでよいがのう」
 長谷川は知りたい存念を、ひた隠して引いた。
「はい。お心配り、忝(かたじけ)のう存じます」
 左馬介は、ひとまず、ほっとした。他人行儀ではあるが、事の次第は残月剣の形(かた)が本身で完璧に描けるようになってから話せばいいことなのだ。今は腕(かいな)の鍛えと形稽古に全てを傾倒すべき時だ…と、左馬介には思えた。二人にも薄々、その辺りの事情が分かっていると見え、余り深くは訊かず堂所を出ていった。左馬介は厨房へ箱膳を運び、食器を洗って水屋へ収納すると小部屋へ一端、戻った。四半時ほどは寛(くつろ)げるが、その後は試練の石縄曳きが待っている。両手指に晒(さらし)を巻き終えた左馬介は、暫し仰臥の姿で畳上に大の字を書いて目を瞑(つむ)った。
 左馬介は、いつしか夢うつつに微睡(まどろ)んで、幻覚か現実かが分からない世界へ流されていった。確かに疲れている、ということもあったが、手指の痛みで睡眠を妨げられたという隠れた事情も影を落としているようであった。それに加え、今は規律である師範代による叱責もなく、呼び起される心配もないのだ。蟹谷や井上の頃には考えられないことであった。


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