水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第七十九回)

2010年09月13日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第七十九回
 生憎(あいにく)、会社の多忙はしばらく続き、なかなか、みかんへ顔を出す機会はなかった。正月用餅の製造が増えたことにより、原材料の米粉を主要メーカーへ卸している我が社としては、例年、見込まれる想定範囲だったから、取り分けて困るというほどでもなかった。ただ、例年と違ったのは、多毛(たげ)本舗の『団子っ娘』の売れ行きがどういう訳か好調で、その分の契約が増した、という概要だった。
 仕事の切りがつき、疲れ気味だったこともあり、久しぶりにみかんへ寄ってみるか…と、欠伸(あくび)をしながら私は思った。大玉と小玉の関連を確認しようと思っていたのは事実だが、店へ寄る機会が遠退くと意欲も半減する。警備の禿山(はげやま)さんとも、ここしばらく語らっていない。月日は早く巡り、もう師走が近づいていた。
 いつもの刻みで、会社が引けてから軽食をA・N・Lで済まし、私はみかんへ寄った。店のドアを開けると、ついぞ見たことがないほどの客の入りようで、店内は人いきれで、ごった返していた。早希ちゃんは蝶のように、あちらと思えばこちら、こちらと思えばそちらと客対応に天手古舞(てんてこまい)だった。ママもこの日ばかりは余裕が見られず、早希ちゃんの注文を受けてバタバタとオーダーを熟(こな)していた。さすがに声をかけるのも憚(はばか)られたから、私は一人、カウンターの片隅で借りものの猫でいた。片隅で、というのは、いつもの定席も、その横も、さらにその横も、客が座っていたからだった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第二十三回

2010年09月13日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第二十三
このような小事で二人にいらぬ心配をかけるからというよりは、にいらぬお節介をかけられることが左馬介には危惧されたからであった。お節介を受けるのは、返って迷惑ともなる。妙義山の折りとは少し事情が違うのだ。そんなことで、何を語るということなく黙々と朝餉を進める左馬介であった。以前にもそういったことは度々あったから、二人とも奇妙だとは思わなかった。しかし数日が経ち、ひょんなことから左馬介の手の傷は露呈した。普通ならば、剣の道を志して稽古に励む者達の手に竹刀胼胝(だこ)が出来るのは必然なのである。当然、その者達の手の皮は厚みを増している。だから、その部分が破れるほど水脹(ぶく)れするということ自体、まず有り得ない。勿論、その中に左馬介も含まれる。となれば、竹刀以外の物を握るか曳くかしない限り、傷までには至らない訳だ。事実、左馬介の傷も竹刀胼胝以外の箇所であった。自分の箱膳を片づけようと両の手に持った時、左馬介の左手に一瞬、激痛が走り、動きが途絶えた。利き腕の右手は流石にそうはならなかったが、その左馬介を長谷川、鴨下の二人が同時に見た。左馬介は気づかれまいと左手先を庇(かば)おうとはせずに耐えたが、顔の表情まで隠すことは出来なかった。左馬介にしては不覚であった。


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