水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第八十四回)

2010年09月18日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第八十四回
 私の勘は、ものの見事に当たっていた。これが宝クジなら、ほぼ間違いなく億万長者になっているように思えた。その日の夕方、私はA・N・Lで軽い夕食を済ませ、みかんへ寄った。準備中の札のかかったドアを開けると、客は誰もいなかった。時間が時間だから、まだ分からんが…と思いつつ、ドアを閉じた。
「いらっしゃい!」
 声が重複して響いた。見れば、早希ちゃんの横にママがすでにいて、二人はカウンターの酒棚前に立っていた。先に電話してあるから、これも当然か…と、思いつつカウンター椅子へ座った。
「この前はサービス出来なかったから…」
 ママはニッコリと愛想笑いして私を見た。一応、剃り残しはないな…と思いつつ、顎(あご)の辺りに目をやった。
「そうそう、声もかけられなかったからさあ、ごめんね」
 早希ちゃんから殊勝(しゅしょう)な言葉が出た。不吉だ…と思った。
「で、その後は、どう?」
「その後って?」
 早希ちゃんが、マジで訊いた。
「だから、混んだ日から、何か変わったことはなかった? ってことさ」
「それがさあ~、混んだ後、二日は閉めてたからね。あったのかも知れないけど、なかったわけ…」
「そうか…。店やってたら、混んでたかもなあ」
 私も早希ちゃんの云い分には一理ある、と思った。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第二十八回

2010年09月18日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第二十八
無論、木枠に縦木が並んでいるという単純な景観などではない。というは、ほぼ一間ばかりの高さからは笹の枝葉で覆われ、その後方は見えないに等しいからである。橙色の月が地平線から昇る景色は、いわば一間ばかりの高さでのみ眺められる光景なのであって、木枠に縦木が並んでいると云える光景だった。そして、いつもの形稽古が始まった。腕の振りは冴えを見せ、一通り残月剣の形を描き終えた時、左馬介はそれ迄にはない手応えを感じ取っていた。手応えのまず第一は、最後に袈裟懸けで村雨丸を振り下ろした後、寸分の息の乱れもなかった点である。その二として、形(かた)の途中の崩れ上段の構えから一回転して袈裟に振り下ろす所作の俊敏さが増したことを、自らが実感できた点であった。それは腕(かいな)鍛えにより、太刀が軽く扱えるようになったことを意味した。云う迄もなく、手にしている村雨丸の重さが変わる筈もないのだから、左馬介の両腕の筋力が強まったと考える以外にはないのだ。眼には見えぬ、いわば無形の力が左馬介に備わったと云える。無論それは、石縄曳きの鍛錬ぬきでは備わらぬ力であった。そして結果は、安定した残月剣の形が、ほぼ達成出来たと思えた。後に残された問題があるとすれば、それは如何なる状況で襲われたとしても技を容易く出せるか…という点であった。


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