水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第七十六回)

2010年09月10日 00時00分00秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  
    
第七十六回
同様に、このことをママや早希ちゃんに云うことも、ままならなかった。今のところ、科学では到底、解明出来ない不思議な事象に遭遇しているのは私一人であり、ママや早希ちゃんには何らの異変も見えておらず、多少の幸運以外、取り分けて怪奇な現象が生じていないからだった。言葉に出す以上は、小馬鹿にされず説得可能な根拠と説明が必要である。残念なことに、私のみに時折り見える玉の異変を、この時点では説明しようもなかった。
 客二人が帰り、私もチューハイと烏賊(いか)さしをほとんど、やっつけていので店を出た。案に相違してお愛想は安かった。こりゃ、ママのサービスはマジかよ…と、少しの怖さと酔いを醒ます寒空の中を漫(そぞ)ろ歩いて駅へと向かった。例のワンパターンである。
 家の玄関に辿り着いた頃、丁度、日付が変わった。今のところ、みかんの玉以外、曖昧(あいまい)な会社で起こった二件を除けば異変は生じていなかった。家の中ではどうだったのかといえば、やはり何事も起こらず、日々が過ぎていた。なぜ家では何も起きないのかという素朴な疑問は湧いたが、そんな疑問を吹き飛ばすような大異変が、すでにこの時点で起ころうとしていた。もう初冬の便りがテレビで流れる季節に入っていた。


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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第二十回

2010年09月10日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第二十
 ただ、今日のような腕(かいな)の痺れや疲労による痛みは計算できないものであり、その辺りを考慮に入れれば、場合によってその場その場の判断を余儀なくされるだろう…とは思えた。首筋の汗を拭いながら、どっぺりと草叢(むら)に腰を下ろして大の字になる。手の平の痺れは感覚を失する程で、所々が蒼じんで変色している。尋常とは思えず、両手を互いに幾度も揉み擦(こす)って感覚を戻そうと左馬介は努めた。暫くすると、漸く手先の感覚は熱を帯び、むず痒くなってきた。血の巡りがよくなった所為(せい)か…と思えた。
 道場へ戻り、廊下を進むと、長谷川、鴨下が稽古の真っ最中であった。無論、元立ちは長谷川で、鴨下は無心に打ち掛かっては散々に返されるといった塩梅(あんばい)の光景が展開していた。声をかけるのも憚(はばか)られ、左馬介稽古場へ進まず迂回すると、堂所の裏口から井戸へと回った。
 鴨下のいつもの的(まと)を得ぬ掛け声が響いてくるが、なんとも弱々しく精悍さは全くない。それは今、始まったことでもなく、師範代の長谷川も無駄を悟ってか。どうのこうのと叱責はしない。だが、無駄とは分かっていても他に相手もおらず、無碍(むげ)に相手をしないという訳にもいかないから、嫌な顔をすることなく相手を務めているといった状況であった。


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