水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第八十三回)

2010年09月17日 00時00分00秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第八十三回
「そういうこと。…やっぱり、沼澤さんが云ってらした水晶玉の霊力かしら?」
「さあ…、どうなんでしょう」
 私は曖昧(あいまい)に暈(ぼか)して、ママの追及を回避した。
「あら、ごめんなさい。勝手に話しちゃったわ。まあ、そういうことだから、私にも分かんないけど。いらしてね。お待ちしてま~す」
「あの…、この前のだけでしたかねえ? ツケ」
「満ちゃんは、めったと回さないから全然、たまってないわ。上得意様」
「またまた…、上手いこと云うなあ、ママは。その口に、いつもやられてんですよね」
「あらっ、それじゃ私が、根っからの悪人じゃない。こんないいママ、いないわよ」
「いや、冗談ですよ。ママもいいし、みかんもいい…」
「あらっ? 早希ちゃんは?」
「早希ちゃん? …ああ、そりゃ、もちろん」
「満ちゃんは、なかなかお上手ねえ。まあ、悪い気はしないけどさ…」
「それじゃ、適当な頃合いに寄りますので」
「はい! 是非。お待ちしています」
 玉の霊力によるものならば、私の意志が通じ、今日のみかんには人っ子一人いないはずだ…と、私は改めて思った。座椅子から立ち上がった私は、例の貰い物の美術品に掛けたハンガーから背広を外し、ポケットに入れた紫水晶(アメジスト)の小玉を今一度、見た。


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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第二十七回

2010年09月17日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第二十七
その因は、やはり腕(かいな)鍛えによる成果であるように左馬介には思えた。しかし確実な形(かた)として身体に覚え込ませるには、未だ鍛え続けねば駄目だ…と、思える左馬介である。こうした謙虚な姿勢は以前、考えられなかった左馬介の発想で、心、技、体ともに進歩している証拠といえた。
 今秋の最後では最後の名月となるであろう月が地平線から昇ろうとしていた。勿論、その光は川の前面に広がる竹林から漏れて左馬介の両眼へ届いている。日没が早まったことで、もうとっぷりと辺りは漆黒の闇が覆っていた。左馬介が道場裏手の川縁(べり)へ現れる刻限が取り分け遅くなった訳ではなく、いつもと同じ頃合いなのだが、それだけ日が短くなった、というだけのことなのだ。とはいえ、左馬介がそのようなことで一喜一憂する筈もない。蒼白いというよりは橙色に近いやや大きめの月が地平線の一角に昇った。左馬介は暫くの間、竹林から見えるその月の朧気な姿をただ茫然と眺めていた。竹林とはいえ、生えている竹木の本数は僅かばかりの厚みだから、川の流れに沿って続く様は圧巻だ…とは思えるものの、正面だけを見ればそう大した竹林とも見えず、容易に月の姿は眺められた。恰(あたか)も、格子戸の横木を取り外したような景観なのだ。


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