水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第七十五回)

2010年09月09日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第七十五回
お通夜な気分はいいが、いつまでも客二人に思い通りに唄わせておく、というのも少し腹立たしかった。そんな思いで烏賊(いか)さしを摘(つま)み、チューハイをキュッ! と、またひと口やった。そして徐(おもむろ)に酒棚の水晶玉を見上げたのだが、いつの間にやら消えた異様な光は復活して渦巻いていた。光ったり消えたりと、安定しなかったが、どこか、玉が私の心理を透かして見ているような気がした。ダブルにチューハイで、少しホロ酔いだからか…と、私は思った。ボックス席のカラオケショーが終わり、フラフラと客が立ったのは十一時頃だったと思う。
「ママ、お勘定!」
 早希ちゃんの、やや大きめの声が飛んできた。
「は~いっ!」
 客二人が勘定を済ませて帰ると、やっと店全体がいつもの静けさを取り戻して落ち着いた。玉は、すでに元の状態に復帰し、光の渦は消えていた。その時、私は閃(ひらめ)いた。待てよっ! ひょっとすると、客二人に唄わせておくのは腹立たしい…と思った刹那(せつな)、玉は光を発して渦巻いたのではないだろうか…と。そのことは、私の気持を玉が読み取り、霊力を発して私の望みを叶えてくれることを意味する。いや、まさか、そんなことは…と私は思ったが、黄や緑色を発して渦巻く常識ではあり得ない現象を目(ま)の当たりにしている私には、この発想を完全否定することは難しかった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第十九回

2010年09月09日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第十九
一つづつ両手で持って運び、それを昨夜、小屋から持ち出した藁(わら)縄に結えて全てが整った。左馬介は両の手指に縄をひと回し巻きつけて持つと、小刻みに歩み始めた。全ての石の重みが手指に掛かる。そして、曳き摺る石の負荷が諸(もろ)に腕(かいな)と肩にきた。手指の痺れを忍び、掛かる負荷に耐えつつ一歩、そしてまた一歩と前へ進む左馬介であった。幾らか汗ばむ肌に秋風が心地いい。出来得る限り進み、佇んではまた進んだ。長谷川や鴨下は事情が分かっているから、取り立てて何も語ろうとはしなかった。左馬介が玄関を下りようとした時も、知らぬげに通り過ぎて稽古場へと姿を消した。こうした心遣いを左馬介は有難いと思う。妙義山へ通っていた折りも、そうだった。何かにつけて相談に乗ってくれた二人である。左馬介には自惚(うぬぼ)れる気持など毛頭なかったが、やはり人の子である。自分では知らぬ内に、何気なく高慢な態度を取っているかも知れないのだ。左馬介は二人に対する時、幾ら腕を上げても感謝の念を忘れまい…と、堅く誓うのだった。
 四半時も曳き続けて、左馬介の両腕(かいな)はすっかり棒になっていた。左馬介は深い溜息を一つ吐き、今日はこれ迄にするか…と諦めた。朝昼の稽古は両の腕(かいな)を鍛えることに費し、形稽古は夜半に回そう、と左馬介は考えていた。


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