あんたはすごい! 水本爽涼
第九十五回
「だって、私は私じゃないですか。そうじゃないんですか?」
「ええ、そりゃもちろん、そうですが…。ひとりでおられる時はよろしいんですが、他の方がおられる場では、突飛なことが生じるかも知れませんからご注意を…。まあ、悪いトラブル、ハプニングの類(たぐい)じゃないんですがね。あなたには、すでに霊力が宿っておるのですから…」
「こりゃ、冬場に寒い怪談だ」
「ははは…。まあ、余り気になさらないで…」
沼澤氏はふたたび陽気に笑った。それで私は少し気が楽になった。その時、電車がホームに入ってきた。ドアが開き、私と沼澤氏は車内へ入った。話は自然と途切れたが、電車が動き出すと復活した。
「沼澤さんは、どちらまで?」
「私ですか? 私は次の早起(はやき)で降ります」
「そうですか。割りと近くだったんですね」
「塩山さんは?」
「私は、その先の新眠気(しんねむけ)です」
「なんだ、兄と同じでしたか」
「えっ? 神主をやっておられる草男さんですか? 奇遇だなあ~」
「はい。私も以前は、新眠気に住んでおったのですよ」
「ご実家でしたか…」
そうこう話しているうちに、電車は早起駅にゆっくりと停車した。
残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《残月剣③》第六回
先程のつまらない躊躇が、嘘のようであった。ただ、左馬介の反応も当然のように素早く、長谷川が動かして打ち込んだ右首筋への竹刀は、無情にも空を斬っていた。先程と同じく、左馬介の身体は飛んで一回転し、もはや長谷川の竹刀の届かぬ所にあった。しかも、スクッと立ち上がった左馬介は、既に構えつつあった。そして、次の瞬間、中段に構え終わった左馬介は、竹刀を引いて下ろした。
「望み通りにいったたようです。次を、お願いします」
「よしっ! 心得た」
長谷川も、要領が摑めてきたと見え、少し乗ってきた。左馬介は、また最初の位置へ戻って床に座した。その後は同じ繰り返しとなった。というのも、長谷川が突きや打ち込んだ竹刀を、ことごとく左馬介が返したからである。左馬介が一本でも取られていれば、当然ながら同じ繰り返しとはならず、動作は中断した訳だ。それだけ左馬介の受け完璧だったといえる。十数本の受けが続いた頃、長谷川が吐息を荒げて音(ね)をあげ感心した。
「悪いがな…、少し休ませて貰う。ふぅ~、疲れたわ。左馬介、お主は盤石だぞ…」
「私も暫く休みましょう。汗が尋常ではありませんので…」
そう云うと、左馬介は面防具をゆったりと外した。