水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第七十三回)

2010年09月07日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第七十三回
「結局、今のところ…満ちゃん、あなたも私も鳴かず飛ばず、ってとこかしらねえ」
「鳴かず飛ばずですか…。上手いこと云うよねえ、ママは」
「ほほほ…、おだてたって何も出ないわよ」
 そう云いながらも、ママはカウンターの下の小棚からツマミの小皿を出して置いた。
「おっ! こりゃ、俺の好物の烏賊(いか)さしの漬(づ)けだ…。有難い」
「田舎(いなか)から、生きのいいのを送ってくれたのよ…」
「で、作ってくれたんですか? 水割りよりチューハイのレモン割りが欲しい気分ですねえ」
 私は飽くまでも希望を云っただけだった。その時、一瞬だが、酒棚に置かれた玉が、この前と同じ異様な光を発して渦巻いた。
「そう思って…、はいっ!」
 ママは烏賊のツマミを隠していた小棚からチューハイのレモン割りのグラスをそっと出してカウンターへ置いた。見れば、今作ったように冷えている。おい、待てよ。マジックじゃあるまいし、いつ作ったんだ? と、私は奇妙さに幾らか引きながらママの顔を見た。
「フフッ、サービスよお~。早希ちゃんの変わりっ!」
 にっこり笑うママの顔が印象的だったが、サービスの嬉しさより、どうしても理解できないチューハイの出たプロセスの謎の方が勝(まさ)り、余り手放しで喜べない気分だった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第十七回

2010年09月07日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第十七
 その動きが今、正に展開していた。振り下ろされた村雨丸を持つ左馬介。その息が微妙に乱れて荒い。この刹那、左馬介は未だ自分は駄目だ…と思った。このように一太刀を浴びせたぐらいで息が乱れるなど、あってはならないのだ。居合いの迅速過ぎる剣捌きではない以上、多人数を相手とする場合、次に打ち込まれる太刀に備えたり、次の相手への攻めを狙わねば、斬られるのは自分なのだ。竹刀は余裕があるように思わせる錯覚を与える。それに対し、真剣は現実である。その差は歴然としているのだが、多くの者はそうした点を履き違えていて、遣い熟(こな)せていないのだった。左馬介にそあした差異を感性の上で磨かせたのは、辛かった妙義山中での修行の日々であった。鍛錬により、その差は縮められたのである。だが今は妙義山で修行に明け暮れるといった日々ではない。単に真剣の形稽古を続けたとしても、直ちに息の乱れを無にすることは出来ないだろう。では、どうするのか?が問題となる。一に腕力(かいなぢから)を強める鍛錬と足腰の鍛錬が不可欠だが…と左馬介は巡る。鴨下のように食べるのみというのは体重を増すだけで、返って動作を鈍くし、更には息切れをも誘発するだろう。左馬介の場合、幸いにも霞飛びの基本技を身につけた時に出来ていた。


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