あんたはすごい! 水本爽涼
第九十三回
ぼんやりと駅の灯りが見えてきた。眠気(ねむけ)駅は単線で、そう乗降客が多いという駅ではない。しかも、夜の時間帯だから、ほんの疎(まば)らな客が、いるか、いないか…といった程度の侘(わび)しさだった。私と沼澤氏は構内で切符を買い、改札口へ行った。買った切符の駅員が急いで改札口へ回り、パンチ鋏(ばさみ)を手に持って立った。要は一人で、いつも見かける駅長兼駅員だった。あのう…あなた、もう定年じゃないんですか? と、思わず声をかけたくなるような老駅員だった。
「五分ばかり遅れっから、まだぁ~、十五分ほどあるだぁ~よ」
どこの方言かは分からないが、訛(なまり)のある口調でその老駅員は話しかけてきた。
「ああ、そうですか…。いいです。いいですよねぇ~、沼澤さん」
「ええ、私はどちらでも…」
私が切符を差し出すと、老駅員は受けとって少し老いた風情でパンチした。後ろに沼澤氏が続いた。
「だば、冷えっから、風邪っこ、ひがねえ~ようにな」
「これはまた、ご親切に…」
誰もいないプラットホームに二人は出て佇(たたず)んだ。老駅員が云ったとおり、冷気がホームをびっしりと覆い尽くし、客も私と沼澤氏以外はいなかった。いつものことだが、陰鬱(いんうつ)だなあ…と思えた。
残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《残月剣③》第四回
「そうか? …そこまでお前が云うんなら、続けても構わんが…。しかし、俺が返されるのは目に見えておるがなあ…」
まだ、渋々の長谷川である。
「別に試合じゃないんですから…。長谷川さんが私と勝負をする訳ではありませんし…」
「…、それはまあ、そうだが…」
少しずつだが、左馬介が押していた。その時、離れた片隅で眺めていた鴨下が大声を出した。
「続けて下さい!! 私も参考になります!」
二人は、思わず鴨下の方を見た。
「お前の参考には、ならんと思うがな」
長谷川は、そう云うと大笑いした。左馬介も釣られて笑った。そして、云った当人の鴨下も続けて笑った。
「お前が笑うのは怪(おか)しいだろうが…。面白い奴だ」
左馬介は鴨下の人柄を充分に知っているから、長谷川ほどは気にならない。
「鴨下さんの仰せの通りです。お願いします」
「そうだな…。では、そうするか」
漸く長谷川も応諾し、左馬介は、ふたたび床へと座した。