水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第七十一回)

2010年09月05日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第七十一回
「あっちは偉く盛り上がってるな」
 別に愚痴を吐くつもりはなかったのだが、今ひとつ面白くなかったのか、自然と口にしていた。
「あらっ! 少し焼いている? 満君」
 しまった…と思った時は、もう遅かった。早希ちゃんの餌に私は、まんまと釣り上げられた格好だった。
「馬鹿なことを云うんじゃないよ。どうして俺が焼かなきゃなんないのさっ」
「フフッ、それわね、少し私に気があるとかぁ~」
「怒るぜ」
 私は笑って軽く流した。
「冗談よぉ~、満君たら、本気にするんだから」
 その時、ママが氷を補充したアイスペールをカウンターへ置いた。
「はいっ!」
「あっ! どうも…」
 早希ちゃんはアイスペールを持つと、元のボックスへ戻ろうとした。
「ほどほどにねっ」
「はいっ!」
 後ろ姿の早希ちゃんにママが言葉のボールを投げ、早希ちゃんは振り向かずにそのボールを掴(つか)んだ。いつもながら気持ちがいい返事をする早希ちゃんである。もちろん、ママに対してであり、私に対してではない。その早希ちゃんは、もう、カウンターから遠ざかっていた。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第十五回

2010年09月05日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第十五
「では、どういうことだ?」
「実は、形(かた)稽古を真剣でやっておりまして…」
「おお…、そういうことだったか」
「稽古場では殺気が過ぎると、我々に遠慮されたのですか?」
「いや、ご両所に気兼ね、というのではございません。…実は、私の形が未だ完璧とは云い難く、究めたいという存念です」
「それで、別の場で稽古をしておるのか?」
「まあ、そのような…」
「そうでしたか…」
 鴨下がそう云って頷き、長谷川も得心したのか、それ以上は訊ねなかった。左馬介が軽く二人に礼をしながら遠退いていく。その
姿を消え去る迄、二人とも動こうとはせず見遣るのだった。村雨丸を携えて裏手の川縁(べり)に出た左馬介は、しっかと左腰へ村雨丸を差した。そして、静かに両の瞼を閉ざすと、心を落ちつかせるに深呼吸を大きく一回した。次の瞬間、両眼をキッ! と見開いた左馬介は、右の手を村雨丸の柄(つか)に近づけ、しっかりと握りしめた。左手は腰の鞘(さや)を安定させる為に、強く鞘を握っている。続けて、右の手を動かせた左馬介は、鞘から刀身をゆっくり引き抜き、鞘を握っていた左手を右の手に添わせて柄を両手でた。


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