あんたはすごい! 水本爽涼
第八十七回
しかし、その日は玉にこれといった変化は出なかった。なんだ! これだけ意気込んで寄ったというのに、結局、何も起きずか、と少し怒れてきた時、店のドアが開く音がした。振り向くと沼澤氏だった。沼澤氏はトコトコと素朴な歩きようで、被った帽子を脱ぎながら私の座るカウンターの方へ近づいてきた。
「ああ…塩山さんでしたか。久しぶりにお会いできましたねえ。…まあ、会おうと念じれば、いつでも会えるんですが」
沼澤氏は最後の一節を小声で呟(つぶや)くように加えた。
「えっ? いや、本当に…」
私も場当たり的に軽い挨拶を返した。沼澤氏はカウンター椅子(チェアー)へ座ると、手にしたいつもの黒茶の鞄と帽子を左側の椅子へ置いた。
「…その後、何ぞ、変わったことなど、ございませんか?」
沼澤氏は伏し目がちな目線を上げながら、私の顔を窺(うかが)った。
「えっ? ああ、まあ…。会社ではいろいろありましたが、私の身には今のところ、これといった…」
「そうですか…。いえね、もうそろそろ起こっておるんじゃないか、と思いましてね」
「気づかって下さって、どうも…」
「いえ、これも霊術師の仕事のうちですから」
早希ちゃんが給仕盆に乗せた水コップを沼澤氏の前へ置き、続けて私の前へも置いた。私の存在を忘れていなかったのは嬉しいが、もう少し早くってもいいんじゃないの? と、思わず出そうになり、慌てて口を噤(つぐ)んだ。

第八十七回
しかし、その日は玉にこれといった変化は出なかった。なんだ! これだけ意気込んで寄ったというのに、結局、何も起きずか、と少し怒れてきた時、店のドアが開く音がした。振り向くと沼澤氏だった。沼澤氏はトコトコと素朴な歩きようで、被った帽子を脱ぎながら私の座るカウンターの方へ近づいてきた。
「ああ…塩山さんでしたか。久しぶりにお会いできましたねえ。…まあ、会おうと念じれば、いつでも会えるんですが」
沼澤氏は最後の一節を小声で呟(つぶや)くように加えた。
「えっ? いや、本当に…」
私も場当たり的に軽い挨拶を返した。沼澤氏はカウンター椅子(チェアー)へ座ると、手にしたいつもの黒茶の鞄と帽子を左側の椅子へ置いた。
「…その後、何ぞ、変わったことなど、ございませんか?」
沼澤氏は伏し目がちな目線を上げながら、私の顔を窺(うかが)った。
「えっ? ああ、まあ…。会社ではいろいろありましたが、私の身には今のところ、これといった…」
「そうですか…。いえね、もうそろそろ起こっておるんじゃないか、と思いましてね」
「気づかって下さって、どうも…」
「いえ、これも霊術師の仕事のうちですから」
早希ちゃんが給仕盆に乗せた水コップを沼澤氏の前へ置き、続けて私の前へも置いた。私の存在を忘れていなかったのは嬉しいが、もう少し早くってもいいんじゃないの? と、思わず出そうになり、慌てて口を噤(つぐ)んだ。