水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第八十七回)

2010年09月21日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第八十七回
しかし、その日は玉にこれといった変化は出なかった。なんだ! これだけ意気込んで寄ったというのに、結局、何も起きずか、と少し怒れてきた時、店のドアが開く音がした。振り向くと沼澤氏だった。沼澤氏はトコトコと素朴な歩きようで、被った帽子を脱ぎながら私の座るカウンターの方へ近づいてきた。
「ああ…塩山さんでしたか。久しぶりにお会いできましたねえ。…まあ、会おうと念じれば、いつでも会えるんですが」
 沼澤氏は最後の一節を小声で呟(つぶや)くように加えた。
「えっ? いや、本当に…」
 私も場当たり的に軽い挨拶を返した。沼澤氏はカウンター椅子(チェアー)へ座ると、手にしたいつもの黒茶の鞄と帽子を左側の椅子へ置いた。
「…その後、何ぞ、変わったことなど、ございませんか?」
 沼澤氏は伏し目がちな目線を上げながら、私の顔を窺(うかが)った。
「えっ? ああ、まあ…。会社ではいろいろありましたが、私の身には今のところ、これといった…」
「そうですか…。いえね、もうそろそろ起こっておるんじゃないか、と思いましてね」
「気づかって下さって、どうも…」
「いえ、これも霊術師の仕事のうちですから」
 早希ちゃんが給仕盆に乗せた水コップを沼澤氏の前へ置き、続けて私の前へも置いた。私の存在を忘れていなかったのは嬉しいが、もう少し早くってもいいんじゃないの? と、思わず出そうになり、慌てて口を噤(つぐ)んだ。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第三十一回

2010年09月21日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第三十一
「横、斜め、後方…どこからでもいいのか?」
「はい!」
 鴨下が洗い物を済ませて戻ってきた。
「なんです? 偉く賑やかですが…」
「いやあ…大したこっちゃないんですよ」
 左馬介は少し砕けた物云いをして笑った。鴨下にしてみれば、二人の話を聞いていないのだから内容が摑めず訝(いぶか)しい。
「後から俺が云ってやる、鴨葱。…よし、左馬介、その話は了解した。いつでも声を掛けてくれい」
 そう放つと、長谷川は小部屋の方へ歩き去った。鴨下も話の内容を知りたいから、長谷川の後方に小判鮫の如く付き従って去った。この男、鴨葱と云われても意に介さない気丈さはある。
 次の朝、稽古が始まろうとしていた。前日迄は長谷川と鴨下のみで、必死に曳いていたのだから当然、いなかった。だが今日は、左馬介も稽古場に現れた。
「おう、左馬介か…。で、どのようにすればいいのかのう? 如何ようにもさせて貰うぞ」
「師範代の長谷川さんに、どうこう、とは云えませんが、出来ましたら、この前、お話ししたような塩梅(あんばい)で…」


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