水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第九十二回)

2010年09月26日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第九十二回
 私は慌てて右隣の椅子上に置いたトレンチコートを羽織りながら云った。
「私は駅へ出るのですが、塩山さんは?」
「はい、私も同じです。ここへ寄った時は、いつもそうしています…」
 いつものダブルと、この前のコーク・ハイの分を含めて支払いながら、私はそう云った。ママが釣銭を出そうとしたが、沼澤氏が格好よく支払った後だったから、自分だけ間が抜けた、ぶ男に思われるのも嫌で、貰(もら)わずに沼澤氏を追った。
「有難うございました~!!」
「満ちゃん、またねっ!!」
 なんとか格好よさを維持して店を出た。外は冷気が覆っていた。私は駅までトボトボと沼澤氏と歩いた。
「すっかり寒くなりましたなあ~」
 クリスマスが近づいてるのだから当然、寒いのだが、沼澤氏はいままでそのことに気づかなかったような口ぶりで云った。
「ええ…。今度、お会いできるのは年が改まってからですかねえ」
「ははは…。こればっかりは分かりません。明日、ばったりと、なんてこともありましょうし、二度とお目にかかれないってことも…」
「ええ、一期一会などと云いますからねえ…」
「左様ですとも…」
 沼澤氏は、また古風な言葉で返した。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣③》第三回

2010年09月26日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣③》第三
 長谷川にはそれが分かっている。
「…参った!!」
 左馬介が構えに入って間もなく、長谷川は提刀(さげとう)姿勢に戻りつつ、大きく一礼してそう云った。長谷川に頭を下げられては、仕方がない。取り敢えず左馬介は軽く会釈して竹刀を納めた。
「もう一度、お願いします、長谷川さん」
「いやあ…もうよかろう、左馬介。これなら俺の出番はないようだ。隙がない上に、身の熟(こな)しも申し分ない」
「いえ、とてもとても…。今のは、単に運がよかった迄です。他の場所へ打ち込まれれば、果して返せたかどうか…」
「そう謙遜せずともよい、左馬介」
 長谷川は軽く笑いながら、左馬介の言葉を遮った。だが、左馬介としては、一度では困るのだ。何度も、多くの場所から、それも突きだけではなく、打ち込みもやって貰いたい…と、考えていたのだ。そこは下手(したて)より頼み込む一手だ、と思えた。
「いや、別に謙遜している訳ではないのです。何度も…それも様々な位置からお願いしたいのです。長谷川さんだけが頼りですし…」
 左馬介に、そうまで下手に出られれば、顔が立った長谷川も悪い気はしない。


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