「あらっ? お水入れがなくなってるわ…どうしたのかしら?」
玄関の鍵を開けようとした沙希代が、水入れの缶がなくなっていることにふと、気づいた。小次郎は、何事ですか? 的な落ちつきで横たわって眠るふりをしていた。そこへ、珍しく早く帰ってきた里山が公園前の歩道を急ぎ足で帰ってきた。
「あら? 早いわね」
「まあな…」
里山は気がかりで一目散に会社を出たのだった。ここしばらく、小次郎のことで仕事も手につかない里山だったが、幸い、ここしばらくは決裁書類に目を通して認印を押す程度で済んだから助かっていた。そんな里山だったから、退社の定刻になると飛び出したのである。
「道坂君、あとは頼んだよ!」
「あっ! 課長! …」
唖然(あぜん)とした表情で課長補佐の道坂は見送ったのだった。
そうした一連の流れがあり、里山は慌ただしく会社から帰ってきたのだ。
「どうした? 中へ入らないのか?」
沙希代がスンナリと中へ入らないので、里山は訝(いぶかし)げに訊(たず)ねた。
「そうだわ! あなたに訊(き)けばよかったんだ」
「なにを?」
「出がけに水缶、出してたわよね?」
「ああ…」
「見てよ。怪(おか)しかない? ないのよ…」
視線を足下(あしもと)へ落として言う沙希代に続き、里山も視線を下へ落とした。