しばらくすると赤いバイクが止まり、相手の正体が判明した。郵便局員だった。荷台から出した手には郵便物を持っていて、素早く手馴れた所作で郵便受けへ投函(とうかん)した。局員は直後、水が入った缶詰に目をやったが、小次郎には気づかず、バイクに乗っていなくなった。よし! もう、いいだろう…と、小次郎はチョコチョコと玄関へ戻ろうとした。そのときである。
『あのう…すみません…』
どこかで、か細い声がした。小次郎は辺りを見回したが、人の姿は見えず、気配もなかった。小次郎は、そんな訳ないよな…と、缶の水をぺチャぺチャと舌飲みした。そのとき、また声がどこからともなくした。
『あのう~…その水でいいんで…』
やはり、か細い声である。小次郎は、もう一度、辺りを見回して叫んだ。
『どこなんです!! 僕には見えません!』
『ここ…ここにおります』
小次郎は声がした方向へ緩慢(かんまん)に歩いた。生け垣の下にその姿は横たわっていた。なんとも貧相な、一匹の老猫だった。小次郎は急いで生け垣の下へ小走りした。人間の言葉を話す猫は自分だけだと信じていた小次郎である。まさか、自分以外に話す猫がいようとは…という驚きが心に湧いた。今は、そんなことを考えている場合ではない。
『どう、されました?』
『いや、なに…。ほんの立ち眩(くら)みです。水を…』
『ああ、はい!』
小次郎は玄関へ駆け戻った。、