試作器が完成したのは存外早く、次の日の朝だった。というのも、試作とはいえ、警報ブザーのコード延長の取り付けと、小次郎用に足で押しやすくするボタン改造だけだったからで、そう工夫されたものでもなかった。
「ははは…、出来た出来たっ!!」
早朝、部屋から飛び出してきた里山のご機嫌はよかった。それは恰(あたか)も子供が夏休みの宿題の工作を完成させた喜びの顔に似ていた。昨夜、しばらくウトウトしたものの、里山はついに寝室へは入らず、書斎横の部屋で試作器を完成させたのだった。沙希代は昨夜、「何、作ってんのかしら?」と訝(いぶか)しそうに言って部屋を窺(うかが)いながら先に寝た経緯(けいい)があった。だから、まだ寝よく眠っていて、そんな事情になっていようとは露(つゆ)ほども知らなかったのである。それに、沙希代も今日は手芸教室が休みだったこともある。
「小次郎、出来たぞ! これだ」
熟睡してすっかりいい気分だったところを叩き起こされ、小次郎は眠そうな瞼(まぶた)を不満ぎみに半開きにして里山を見た。小次郎の目の前には、どう見てもただのブザーがあった。それが何か? と訊(き)き返したいような代物(しろもの)である。
『ブザーですか…』
溜め息を我慢して小次郎は小さく言った。主人の手前、あんたね! いい加減にしなさいよ・・とも言えず、小次郎はスルーした。サッカーの技法である。ただ、得点には結びつかないただのスルーだった。