小次郎は口で咥(くわ)えようとしたが、入った水で缶は重かった。小次郎は咥えながら缶を斜めにして水を半分ほどに減らし、ふたたび咥えた。今度は行けそうだ…と判断した小次郎は缶を咥えながら植え込みへと急いだ。
『水ですよ…』
小次郎は生け垣の下へ缶を置いた。
『ああ、どうも…』
老猫はゆっくりと半身(はんみ)を起こすと、缶の中へ顔を潜(もぐ)らせ、水を舐(な)め始めた。
『あの…あなたは?』
小次郎は、少し待ってから訊(たず)ねた。老猫は水を飲んで少し容体(ようだい)がよくなったのか、ヨッコラショと完全に立ち上がると、またキッチリと正座し、身なりを正した。
『失礼をいたしました。私は全国を旅しながら句を詠んでおります俳猫でございます。ああ…俳名を股旅(またたび)と号します』
『それはそれはご丁重(ていちょう)に…。僕は小次郎と申します』
小次郎は股旅と聞き、猫にマタタビ・・と重なり、思わず噴き出しそうになったが、そこはグッ! と我慢した。
『ほお、小次郎殿か。以後、ご昵懇(じっこん)に…』
股旅は挨拶代わりに小次郎の身体をスリスリと顔で撫(な)でつけた。小次郎はこそばゆかったが、俳猫の先生でもあることから、我慢した。
『先生は、なぜこのようなところに?』
『よう訊(き)いて下された、小次郎殿』
股旅は行き倒れていた経緯(いきさつ)を語り始めた。