『…なにか?』
『実は家に厄介(やっかい)者が居ついて困ってるんです』
『ほう、それはお困りでしょうな…』
背筋を伸ばしたあと大欠伸(おおあくび)を一つ打ったぺチ巡査は、軽く返した。
『それで、すぐ来ていただけるでしょうか?』
『はあ、それはもう…。職務ですからな。それにしても冷えますなぁ~。若い頃はそうでもなかったんですがな。私もそろそろ定年でして、こういう日は…』
そう言いながら、ぺチ巡査は重い腰を上げた。小次郎の先導で二匹は里山家へと向かった。小次郎の足指は、すでに感覚が失せるほど冷えきっていた。辺(あた)りはいつの間にか銀世界となり、吐息(といき)が白く煙(けむ)って流れ出た。まあ、徒歩三分ほどの道中だから、凍傷の心配はまずなかった。老巡査に気を配(くば)り、小次郎はいつもよりは歩く速度を落とした。
里山家へ着くと、小次郎は物置小屋前の軒(のき)下へチョコチョコと直行した。後方には力強い? ぺチ巡査がヒョロヒョロと付き従った。
与太猫のドラは高鼾(たかいびき)を掻(か)いて眠っていた。人間が鼾を掻くように、猫も鼾を掻くのである。ただ、人間のそれとは違い、傍目(はため)には騒音ではないから分かりづらいのだ。人間には分からないが、猫達にはよく分かった。生まれついての違いである。
「ここです!」
物置小屋が近づくと、小次郎はぺチ巡査に、片手を上げて指さした。まあ、猫の場合、一本の指で・・ということはないから、手招(てまね)きした、と表現した方が的(まと)を得ているのかも知れないのだが…。