「ただいま~! …おお小次郎、元気だったか」
頭を撫(な)でられ、見りゃ分かるでしょ・・とは思ったが、小次郎は心に留めるだけにして辺りを窺(うかが)った。幸い、先に帰った沙希代は、風呂の水を入れに行ったらしくキッチンにはいなかった。
『ご主人、ちょっとあとから話すことがあるんで…。よろしいですか?』
小次郎は人間語で話した。
「おおっ! その声、久しぶりに聞くな!」
里山は変なところで感動した。
『どうでしょう?』
沙希代が風呂場から戻るといけないので、小次郎は早口で訊(き)き返した。
「ああ、いいよ。じゃあ、家内が寝静まってから、ということで…」
『はい!』
話は簡単に纏(まとま)まった。沙希代は講師として、好きな手芸に埋没しているから、疲れて帰ってくるのだ。それから夕飯の準備をするから、夜はすっかり疲れてしまうのだった。結果として、寝るのは早かった。里山は妻の傾向を熟知しているから安全策を取ったのだ。
深夜となり里山が寝室から起き出した。小次郎はジッ! と眼(まなこ)を凝(こ)らして待機した。
「… 待たせたな」
『いえ、こちらこそ夜分に呼び出して、すみません』
里山と小次郎は紋切り型で会話を始めた。もちろん、人間語である。