里山達が出かけたあとの里山家は、いつもの静けさが戻(もど)っていた。この頃になると小次郎は里山家を中心にして半径約100mほどを自分のテリトリー[領域]としていた。昨夜、里山がテレビのニュースを観ながら、ふと呟(つぶや)いた言葉が小次郎の耳に残っていた。
「また、国境紛争で戦争か…」
小次郎の場合、国境は、この家からほぼ半径100mの円内が国境となる。里山の場合は、里山家の生け垣までだ。そう考えれば、自分の方が里山より大きな国土を持っている大国ということになる。いわば、里山よりは自分の方が強い? いや、いやいやいや…そんな強い国王が弱いご主人に飼われているというのは、どうも不自然だ。小次郎は、朝からウトウトしながら哲学的な思いに耽(ふけ)っていた。この秋にふと、出会った与太猫のドラは猫語しか話せないのに、ふん! 俺なんか1Kmだぜっ! と自慢しながら凄(すご)んだことがあった。あんたは猫語しか話せないんだから、そう息巻(いきま)くほどのこともないんじゃ…と小次郎は口に出かけたが、腕っ節(ぷし)では負けそうだったから、思うに留めた。
最近、そのドラが里山家にちょくちょく出没するようになっていた。というのも、ドラはこの界隈(かいわい)の猫仲間から与太猫という有り難くない名を頂戴しているゴロツキ猫なのである。居心地のいい住処(すみか)があれば、そこに何年でも居つこうという悪い魂胆(こんたん)を持った猫だった。そのドラがこの冬の寒さに耐えきれず縄張りとする1Km圏内を徘徊(はいかい)していたところ、偶然にも居心地がいい里山家に行き着いたという寸法だ。