「夜遅くに悪いねぇ~。なにせ、家内がいるところでは君と話せないからな」
キッチンのフロアの一角には、小次郎専用の寝床が誂(あつら)えてある。もちろん、沙希代ではなく里山が買ってきたのだが、小次郎はその籐(とう)で編まれた猫鍋の中で眠っていた。小次郎はその中で里山の呼びかけに目覚めた。
『…何だったでしょう? ご主人』
「いや、なに…。缶の話の続きさ…。まあ、ウォーターボールは買うつもりしてたんだけどね。缶では、なんだからさあ~。で、どうよ?」
『実は猫事情がありましてね。行き倒れのご老猫がおられたので、そこへ…』
「どこへ?」
間髪いれず、里山は訊(き)き返した。
『生け垣の下です…』
「生け垣の下って、庭の?」
『はい、庭の…』
「今も、その下におられるのか?」
『はい、今も。なにぶん、ご老猫で…』
「それは、お気の毒な…」
『俳猫の先生だそうです』
「俳猫?」
『ええ、俳猫です。…俳人ですよ』
「なるほど…」
里山は腕を組んで頷(うなず)いた。