大掃除をしていて、使わずに忘れていた古いものが出てきて楽しい気分になることがある。オオッ! …と手にし、ついついその頃の懐(なつ)かしい記憶に浸(ひた)るものだが、そうした力を古いものは秘めている。古いものの記憶が遠退(とおの)いたり忘れることで差し障(さわ)りが起きることを人は故障と呼ぶ。味に風味(ふうみ)をつける香辛料(こうしんりょう)のコショウではない。^^ 古い神社仏閣を巡れば、自然と心が癒(いや)されるのは医学で解明できない妙な効果だが、古いものから放出される感覚的な力ではないか? と、私は欠伸(あくび)をしながら今、思ったところだ。^^
快晴に恵まれた行楽の秋の一日、大勢の観光客が古都を訪れている。その中に一人、鹿と話をしている奇妙な男がいる。鹿語などあるはずもなく、観光客はこういう人にはかかわらない方がいい…とでも言うかのように、男を避(よ)けて通る。
「すると、何ですか? ここの芝は古くからあなた方がっ?」
『ええ、そらもう! なにせ今の時代、刈り取りを業者に委託すれば年間、百億以上かかりますからなぁ~』
「なるほどっ! 立派な公務員って訳ですね」
『ははは…そんな、いいものでは』
「いやいや、ご謙遜(けんそん)をっ! 古くからのご勤続でっ!」
『ははは…古いものですか?』
「ええええ、そらもう! 十分に古いものです」
一頭と一人は楽しい気分で笑いあった。鹿も楽しいときは笑うのである。^^
「まあ、お煎餅(せんべい)など…」
『あっ! こりゃ、どうも…』
その光景を観光で来た一人の小学生が見ていた。
「ママ、あの人、鹿とお話してるよっ!」
「シィ~~! 大きい声で言わないのっ! ああいう人は怖(こわ)いんだからっ!」
母親は近づかないよう、子供を遠退(とおの)けた。
楽しい行楽の風景が古いものいっぱいの奈良公園の一角(いっかく)に広がる。古いものに憧(あこが)れ、楽しいレトロ[懐古(かいこ)]気分に浸(ひた)る外人観光客が多いのも道理である。^^
完