水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

楽しいユーモア短編集 (85)五感[その二 聴覚(ちょうかく)]

2019年12月20日 00時00分00秒 | #小説

 五感のその二として、聴覚(ちょうかく)がある。いい音色(ねいろ)に酔いしれ、ウットリと恍惚(こうこつ)感に浸(ひた)る訳だ。当然、本人が楽しいことは言うまでもない。
 とある音楽コンサートの会場である。指揮者は九十の齢(よわい)を超えたチビンスキーで、その名は世界各国に知れ渡り、超有名だった。オーケストラは大風呂敷フィルハーモニー交響楽団である。会場の一階半ばの席で演奏を楽しい気分で聴き惚(ほ)れる湯葉(ゆば)の隣の席では、まったく演奏には興味がないのか、グースカと派手な鼾(いびき)を立てて眠りこける腐豆(ふとう)がいた。湯葉にとっては迷惑この上ない雑音だったが、多くの聴衆が聴き入る最中(さなか)である。その手前、起こして注意する訳にもいかず、泣き寝入りする他なかった。そうこうして、しばらくしたときである。後列の斜(なな)めに座る一人のロマンスグレーの老人が席を立ち、グースカと鼾を立てる腐豆の肩を片手で強くコツコツと何度か叩(たた)いた。腐豆は、ハッ! と我に返って目覚め、スクッ! と直立すると、何を思ったか、「ど、どうもすみませんっ!!」と大声で謝(あやま)った。その途端、場内から割れんばかりの笑声(しょうせい)が起きた。これにはオーケストラも形無(かたな)しである。この楽しい出来事は、その後、演奏会の歴史的な語り草となった。
 聴覚はいろいろな楽しい出来事を生むようだ。^^

                                


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