し 五感のその三は視覚(しかく)である。この視覚ほど、人をして楽しい気分に誘(いざな)う感覚はない。というのも、男性なら異性に感じるムラムラする色気^^、女性なら美しく着飾る宝飾品や衣装、それに化粧品^^、これらは視覚なくては感じない訳だ。
とある寺院の禅道場である。とある大手会社の研修をかねた数十人の社員達が瞑想(めいそう)の域(いき)で両眼を閉じ、座禅を組んでいる。少し離れた庭では、この寺のトップと思(おぼ)しき僧侶(そうりょ)と研修の責任者である課長が話をしている。
「いやっ! そうは申されますがな。この数以上はとても我が寺院ではお引き受けしかねまする…」
「そこをなんとか、出張から帰った者、五名ばかり…」
「いやいや、すでに宿坊は、お泊めする数を超えておりまする。とてもとても…」
「そうではございましょうが…」
「いやいやいや、これ以上はお出しする賄(まかな)いもござりませぬゆえ…」
何卒(なにとぞ)ご勘弁(かんべん)を…という気持を、僧侶は無言(むごん)の仕草で合掌(がっしょう)し、目を閉じた。そう来られれば、これ以上は頼めない。
「分かりました…。会社へ戻(もど)り、その旨(むね)を上司に伝えます」
「はあ、そのように…」
次の日の、とある大手会社の部長室である。研修の責任者である課長が部長と話をしている。
「君の課だけだよっ! そういう事を言ってきたのはっ!」
「はあ、そうでしょうが、そう言われましたもので…」
「怪(おか)しいねぇ~、君の課だけ…」
「私の課は社員数が多いからでは?」
「馬鹿を言いなさんな。他の課もそうは変わらんじゃないかっ! 数人、多いくらいだろ?」
「はあ、まあ…」
課長はそのとき、僧侶の懇願する仕草を、ふと思い出し、合掌しながら両眼を閉じた。
「ははは… 仕方ないな」
部長は、課長の報告を了承(りょうしょう)した。
このように、楽しい気分へと変化させる視覚の効果は絶大なのである。^^
完