水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

楽しいユーモア短編集 (90)買い落とし

2019年12月25日 00時00分00秒 | #小説

 [買い忘れ]ならまだしも、[買い落とし]はいただけない。^^ いや! いただけないどころの相場ではなく、楽しい気分を台無しにするから、まったく放置できない厄介(やっかい)な出来事なのである。買い落とせば、買い物をしないのと同じという結果になる。大相撲なら、『買い落としっ! 買い落としてホニャララの勝ちっ!』とかなんとか、場内アナウンスが流れることだろう。^^ 完璧(かんぺき)な負けである。むろんそこには、本人の不注意があることは否定しようもない。ついウッカリも、時によりけり・・ということだ。^^
 暇岡(ひまおか)は妻に頼まれ、買い物に出た。スーパーは、いつもの賑(にぎ)わいを見せていた。頼まれたのは今夜の夕食に予定されたスキ焼きの具材である。焼き豆腐、白滝[糸コンニャク]、牛肉、長ネギ、シイタケ、菊菜etc.だ。お金は多めに渡されていたから、それほど難しい買い物とも思えなかった。暇岡は適当に買おう…と心に決め、スーパーへ入っていった。
 やはり、野菜からだな…と、瞬間、思えた暇岡は、まず菊菜とシイタケを買った。買うといっても置いてある品を買い物籠へ入れるだけである。次は長ネギ…と思いながら歩き進むと長ネギが、『ココ、ココっ!!』と主張するかのように立って置かれていた。二本もありゃ、いいだろ…と、暇岡は二本の長ネギを無造作(むぞうさ)に買い物籠へ入れた。どうも長いな、長ネギだけに…とつまらないことを思いながら、さて、次は白滝か…と巡り歩いた。すると、ビニール袋に入った白滝が、『ココよっ、ココよっ!』と言わんばかりに並ぶのが目に入った。当然、暇岡はポイッ! と買い物籠の中へ白滝の袋を放り入れた。最後に肉売り場で牛肉を買うとレジを普通に済ませた。普通に、というのは、この段階までは買い落としていなかったということである。さてそのあと、持ってきた買い物袋へ買った品物を入れた。あとあと暇岡が思ったのは、どうもこの段階で白滝を落としたのではないか? ということである。
「ただ今っ!」
「あっ! ごくろうさま。そこへ置いといて…」
 言わないでも置くよっ! …と思いながらキッチン台へ買い物袋を置き、暇岡は居間の座布団へドッカリと座った。テレビをつけ、録画しておいたテニス中継を観(み)始めたときだった。
「あらっ? 白滝がないわよ! 書いといたわよねっ!」
「んっなっ! あるだろっ!!」
 暇岡には、買った記憶が残っていたから、はっきりとそう言い返した。
「でも、ないわよっ!!」
「…」
 キッチンからテニスのような剛速球が返ってきた。恰(あたかも)もそれは、テニスのノータッチエースのようだった。暇岡は返せなかったのである。^^ 立ち上がった暇岡は、キッチンへと向かった。キッチンでは妻が袋の中の品を全部出して並べていた。
「ほらっ! これだけよっ!」
「妙だなぁ~~」
 暇岡はレジのレシートを確認した。
「ほらっ! 書いてあるだろっ!」
 確かにレシートには糸コンと印字された黒文字があった。
「でも、ないわよっ!」
 このとき、暇岡は買い落としたか…と、どこかへ落としたことを認めざるを得なくなった。犯人は見えない魔だっ! と、暇岡は勝手に魔の所為(せい)にした。^^
「仕方ない! 買ってくるよっ!」
 暇岡はバツ悪く、すぐに家を飛び出た。テニスの録画を楽しい気分で観れなかった暇岡は、厄介な魔だな…と、自転車を漕(こ)ぎながら思った。^^
 このように、買い落としは、楽しい気分を損(そこ)なうから注意が必要だ。^^

                                


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