水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

楽しいユーモア短編集 (84)五感[その一 味覚(みかく)]

2019年12月19日 00時00分00秒 | #小説

 人には五感という楽しい感覚がある。その五感を五話に渡って語りたいと思う次第である。別に語ってもらわなくてもいい! と思われるお方もあるだろうが、そんなお方は食うなど味わうなど好き勝手に楽しんでいただけばそれでいい。まあ、私もあとから楽しみたいとは思う。^^
 楽しい感覚のその一として、まず味覚(みかく)がある。これはもう、人にとっては一番と言ってもいい楽しい感覚で、『私は食うために生まれてきたっ!』と豪語する大食漢や食通(しょくつう)なお方もおられるくらいだ。
 とある町の大衆食堂である。この町の老舗(しにせ)なのか、昼前からそれなりに混んで繁盛している。
「僕の注文、どうなってんのっ!」
 一人の客が切れたような大声で女性店員に絡(から)んだ。
「立て込んでるもんで、どうもすみません…。もう出来ると思います。味噌汁定食でしたよね?」
「違うよっ! 赤だし味噌汁定食だよっ!」
「ああ、はい…」
「半時間後に仕事があるんだっ! 早くしてよっ!!」
「はい…」
 この食堂で一番安い定食が味噌汁定食で¥250、その次に安いのが赤だし味噌汁定食¥300だった。どちらもライス、香の物少々が付くという実にシンプルな定食で、その違いは赤だしの味覚が有るか無いか・・という、ただそれだけのものだった。それから10分ばかりが過ぎ去った。
「まだなのっ!」
 他の焼き魚定食やハンバーグ定食といった時間のかかりそうな定食が次から次へと出来る中で、一番、シンプルで簡単な定食が出来ない。注文した客が、ふたたび大声を出した。
「生憎(あいにく)、お新香(しんこ)が…。今、買いに出てますので、今しばらく…」
「なにっ!? お新香、ここじゃ買ってるのっ!?」
「はい、まあ…」
「で、あと、どれくらいかかるのっ!?」
「はあ、もう20分ばかり…」
「そんなにっ!! もう、味噌汁定食でいいよっ!」
 客は、とうとう味覚のランクを最低ラインまで下げた。
「あの…お客さま。お新香が無いんで、どちらにしろ待っていただくことになりますが…」
 赤だしの味覚を諦(あきら)めただけで定食は食べられなかった・・という実に情けないお話である。味覚が堪能(たんのう)でき、楽しい気分が味わえるには、他の要素も必要になるようだ。^^

                                


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