水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

楽しいユーモア短編集 (96)スンナリ

2019年12月31日 00時00分00秒 | #小説

 以前にもよく似た話を書いたとは思うが、物事が自分の思った通りにスンナリと運べば、これはもう楽しい気分になることは疑う余地がない。しかし、世の中はそう甘くはないから、当然、スンナリと物事は運ばない。だが、人はそんな逆風にも負けず[雨ニモマケズ風ニモマケズ・・とかなんとか小難しく書かれた超有名なお方もおられたが…^^]、スンナリといくよう必至(ひっし)の努力をしている訳だ。この努力する姿を神仏が観ておられるとすれば、恰(あたか)も一匹の蟻(あり)が、自分の身体より大きい食べ物を懸命(けんめい)に巣穴へ運ぶ姿と思われることだろう。それほど私達の努力は、強い逆風に抗(あらが)うには、ひ弱なのである。それでも頑張るっ! それが人のいいところだ。^^
 とある高級住宅街である。旅行帰りなのだろう。一人の老婆が車輪付きのキャリーバッグを引きながら坂道を上がっていく。普通の年の者ならスンナリと上れるのだろうが、なにせ老婆である。そうスンナリとは上れない。そこへ一人の学生風の若者が対向から坂道を下りて来た。当然、困っている老婆の姿が目に映る。擦(す)れ違った瞬間、居(い)た堪(たま)れなくなった若者は、背後(はいご)から声をかけ、老婆のキャリーバッグを引き始めた。
「お婆さん、手伝いますっ!」
「これはこれは、ご親切に…。もう、ほんソコでございますから…」
「ほんソコって、住宅街まで、まだ、かなりありますよ」
「そう急(せ)いてはおりませんでのう…」
 老婆は、やんわりと断った。
「僕も急いでません。講義は夜ですから…」
「学生さんでございますかいのう?」
「ええ、まあ…。夜間の大学で、昼は働いてます…」
「ほう! そうでございましたか。そいでは、押していただきましょうかいのう」
 老婆は信用したのか、あっさりと応諾(おうだく)した。若者の手助けもあってか、キャリーバッグはスンナリと動き始めた。それからしばらくして、二人の姿は豪邸前にあった。
「ここがお婆さんのお宅ですかっ! 参(まい)ったなぁ! それじゃ…」
 若者は余りにも壮大な豪邸の景観に、思わず驚きの声を上げた。
「有難うごぜぇ~ましたのう、学生さん。あっ! ちょいとお待ち下せぇ~まし」
 老婆は着物から一枚の名刺を差し出した。
「うちの倅(せがれ)の会社でごぜぇ~ます。なんぞ、困ったことがごぜぇ~ましたら、訪ねてやって下せぇ~まし」
 名刺には世界で超有名な大会社の名が印字されていた。若者はその名刺を受け取ると、老婆に軽く一礼し、ふたたび坂を下っていった。
 一年後、青年は再就職し、スンナリと老婆が手渡した大会社で働いていた。しかも入社ひと月後、その若者は大抜擢(だいばってき)され、スンナリと秘書課長に出世したのである。一度(ひとたび)、スンナリとコトが運べば、スンナリはスンナリを呼び、スンナリ、スンナリと運ぶようだ。まあこれは、そんな場合もある・・という希望的観測のお話だが、こんな人生は楽しいに違いない。^^

                                


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