水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

涙のユーモア短編集 (51)突然

2023年10月04日 00時00分00秒 | #小説

 突然、泣き始める涙の訳は、当事者以外には理由が皆目分からない。
 とある地方を走る古い蒸気機関車の車内である。二人仕様の向かい合った席に四人の客が座っている。四人とも知らない他人同士だから、これといって話すでもなく、車窓で変化する景色を時折り眺(なが)めたり本を読んだりしている。また、一人の客はウトウトと首を項垂(うなだ)れながら半ば眠っている。残りの一人は、駅で買った駅弁を無遠慮にパクついているといった構図だ。しばらくすると列車は少しずつ速度を下げ、駅ホームへ滑り込むように停車した。と、そのときである。ウトウトしていた客が突然、涙を流して泣き出した。他の三人の客は泣く訳が分からないから戸惑うばかりだ。
『牛の角(つの)ぉ~~牛の角~~です。豚尾線は乗り換えです…』
 静かに駅構内にアナウンスが流れる。
「ぅぅぅ…」
 眠りながら涙を流す客を、声をかけていいものか…と三人は思案顔で訝(いぶか)しげに見つめる。駅弁を食べていた男は食べる手を止め、買ったお茶を飲み始めた。本を読んでいた客は、集中できないのか栞(しおり)を挟んで本を閉じた。顔が少し怒っている。車窓から景色を眺めていた客は泣き始めた客には無頓着で、手帳を胸ポケットから取り出すと何やらメモし始めた。
「あの…」
 お茶を飲んでいた男が、ついに見かねて眠って泣いている男の肩を片手で揺すった。
「ぅぅぅ…。んっ!? あっ! ははは…」
 目覚めた男は泣いていた自分に気づき、泣き止むと突然、笑い始めた。そして、他の三人の客にペコリと軽く頭を下げた。突然、一人の客が泣き出した一件は他の三人の客には訳が分からないまま落着した。むろん、私にも分からない。^^
 このように、突然泣き出す涙は、当事者以外には皆目、見当もつかないのです。^^

                   完


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