表立っては見せないものの、影で流す涙というのがある。グッ! と我慢して抑えた涙である。辛抱してトイレへ駆け込み、用を足してホッ! とした気分に似ていなくもない。^^ 今日は梅雨前の薄墨色の空を見ながら、そんなお話をしようと思います。^^
早春のとある町役場である。春の人事異動が近づき、誰もが浮足立っていて、心が地に着いていない。
「蒲田(かばた)課長、どうも次長らしいぜ…」
「そろそろ、だからな…」
課員の声が小さく耳に入り、課長席の蒲田は満更(まんざら)でもない気分でデスク上のパソコンのキーを叩いた。数年に一度は異動がある・・というのが通例になっていたから、職員全員が保身に身を窶(やつ)す時期でもあった。
「大船(おおふな)君! ちょっと!」
蒲田は小声で呟(つぶや)いていた二人のうちの一人、大船を呼んだ。
「はいっ! なんでしたか?」
「いや、なに…。この前の議事次第書ね、アレでいいよっ!」
「ああ、でしたか…」
大船にすれば、なんだそんなことか…くらいの気分である。
「これからも、よろしく頼むよ…」
いよいよ次長か…という気分を影で隠し、蒲田は今年もこの課に居座ることを暗に示した。
「はあ、こちらこそ…」
そう返すしかない大船は、今の話、聞こえたか、拙(まず)いな…という気分を隠し、笑顔で軽く礼をすると自席へと戻った。
その二日後、内示が発令された。しかし、待てど暮らせど、蒲田にはお呼びがなかった。
「おいっ! 課長、居残りらしいぜ…」
「なんだ、今年もかっ!」
そんな大船達の小声が課長席の蒲田の耳に、また届いた。蒲田は席を立つとトイレへ向かい、トイレの大便器の中で水洗音とともに泣き、影で涙を流した。
課長さん、来年がありますよっ!^^
完