水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

涙のユーモア短編集 (49)泣きつく

2023年10月02日 00時00分00秒 | #小説

 泣きつくときに見せる涙は哀れを誘い、同情を呼ぶ。むろん、それを見越しての涙なのだが、涙が出るのは、内状が逼迫(ひっぱく)している場合が多い。計算して涙は出ない・・ということもいえる。
 早春二月のとある税務署である。青色申告にいろいろな人が訪れている。税務署員と対峙して座っているのは、とある商店の店主である。
「ぅぅぅ…そこをなんとかっ!」
「そう言われましてもねぇ~。一応、規則なんですから…」
「大した額じゃないんでしょ! うちは生活がかかってんですからっ!」
「私だって生活がかかってるんです。ぅぅぅ…きちっと対応しないと、上司に叱(しか)られます」
 両者は対峙(たいじ)したまま一歩も譲らない。土俵上、がっぷり四つというところだ。スムーズに流れていた話が拗(こじ)れたのは、店主の油断からだった。少し時間を戻(もど)してみよう。
「ははは…有難うございます。これで、なんとか今年も行きそうですわ。いやぁ~、年末につまらない金が入ったもんでしてね。どうなるかと思っとったんですっ!」
「えっ!? ということは、ここに記載されていない所得があったってことですか?」
「ははは…所得って、単に入っただけの金ですから…」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。たんに入ったお金でも所得なんですよ。書いて申告していただかないと…」
 こんな遣り取りが両者の間にあり、申告書を修正した挙句が店主の泣きつく涙となったのである。
「…私もね、鬼でも邪でもないんですから…。分かりましたっ! 今回は、聞かなかったことにしましょう。お宅は毎年、来てもらうレギュラーですからな、ははは…」
 泣きつくときに流す涙は、実感がこもっていて、いいですね。^^

                   完


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