雨が降っていた。まあ、こんな日もあるさ…と、いつもなら思う五年生の太(ふとし)だったが、この日ばかりは事情が少し違った。運動会当日だったのである。去年、四年の学級選抜で走った50m走で、隣のクラスの細男(ほそお)に追い抜かれて負けたのだ。その悔(くや)しさがこの一年、堪(たま)りに堪っていた。よし、今年こそ勝つぞっ! と、太は練習に励んだ。
『太! もうやめて帰りなさいっ!』
随分前になるが、放課後の夕暮れ、体育教師の長居に注意されたことが、昨日(きのう)のことのように思い返された。細男に負けて悔しかった雪辱の思いが、日々の練習を続けさせていた。その甲斐あってか、ストップ・ウオッチのタイムは1秒以上縮まっていた。よしっ! これなら勝てるぞ…そんな思いが太の心を掻きたてていた。そして、いよいよ明日は運動会当日となった。雨が降っていた。
「ぅぅぅ…」
無念の思いからか、太の頬(ほお)に涙が流れた。
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「太! 運動会に遅れるわよっ!!」
「…」
太は母親の声で目覚めた。長い夢を見ていたのである。昨日の夜、なかなか眠れなかったことを太は、ふと思い出した。外は清々(すがすが)しい快晴だった。ただ、太の顔は涙でビショ濡れだった。泣いている場合ではないっ! と太は勢いよく飛び起きた。^^
完